Diary2002

Diary2002


12/31【紅白】

久々に静かな年末。掃除もそばも終わりパソコンに向かっているところ。

辻川君とのDUOの活動なんかも初めて自分の曲にサクサクと向かえる楽しさもあったし、じぶんちがテレビで取り上げられたり、ヤフーのお薦めで取り上げてもらって一日のアクセスが3300件もあったり、某所(PDF版のパソ雑誌)では執筆の真似事なんかもさせていただいて仕事では自分で組んだシステムが動いて鳥肌が立ったりでまあ大漁はなかったにしても小魚はそれなりに獲れたカンジ。同時に自分の身体いっこなんて出来ることは知れているのだと思い知らされたりしてね。

来年はCDなんぞも録音したり焼いたりします。同時に小市民的野望もあります。ちょっと高下駄履いたくらいにしか伸びないかも知れないけど、宜しくお願いします。というわけで今年の日記はおしまい。来年からはこの日記もCGI版になります。


9/17【天国への階段】

今日の事、麗峰会館2Fの「A」(あ)へ久しぶりに久しぶりに飲みに出掛けた。店主の林氏はビールの栓を割り箸やら灰皿やらでスコーンスコーンとたちまち抜いてしまう妙技を持っていて、これが話題になり「あまからアベニュー」などでも取材を受けた。私自身彼が地球屋にいたときから可愛がって貰っていたのでたまには脚を運んで決まり事のように二言三言交わして帰った。

しかし、店内を見ると今日は珍しく姿がない。訊ねてみると・・。

林さんはこの13日に突然逝ってしまったのであった。

この店は残すようにという遺志で残ったもので続けて行くと聞き取れないような小声で店の女の子は教えてくれた。

私は仰天した。今日ここに来たのも単なる思いつきだったが、「オオエ、たまには飲みにこいや」という彼の天からの呼びかけによるものだったかもしれないと思った。「A」はいつもとかわらず学生やガイジンやらで平日にも拘わらずそれなりの客で賑わっていた。でも何かが大層足りない気がした。それでも私は美味いビールを飲むことが出来た。それにこの不幸な知らせにも知らぬままにいるよりは良かったと思った。

街は変わり時にいくつかのものを失いいくつかのものがスタンプのようにカタチを留めながら生きて行く。その置きみやげの中にまた小さな出会いを僕たちは拾い上げてみるのだ。乾杯。


9/3【つるかめより目出度い剣が峰】

社員研修旅行で乗鞍岳を目指すことと相成った。希望者を募る回覧板が職場に回ったところ約半数の参加者があった。チャレンジ精神旺盛な職場である。私も山登りらしい山登りは未体験であったので若い子たちに混じって山頂を目指した。

夏山の名残を惜しむ人たちで夏休み最後の日曜は賑わったのだが、とにかく天気がよかった。山は冷えるから、と散々言われたが、結局汗ばむような案配でたちまちウインドブレーカやトレーナーが荷物になった。剣が峰へと続く道は岩だらけで足許が非常に不安定でけつまづいたり滑ったりする者が続出し冷や汗をかいたのだが午前9時過ぎには剣が峰の乗鞍神社に到着一同記念写真を撮影した。晴れ渡った空、僕は視力が悪く確認は出来なかったが富士山が白い頭の先を見せる素晴らしい晩夏の一日となった。

山の荒々しいでも清らかな緑を見つめ我が身を振り返ろうと心に決めていたが何かにつけて慌ただしくまた思いのほか道が険しくそれどころでもなかった。帰り道まるで神戸のハーブ園にでも向かうかのようないでたちのアベック(死語)とすれ違った。途上で脚でも挫き他の人の迷惑にならなかったらよかったのだが。まぁはじめての山登りにはお薦めかも。


7/28【京都カフェ紀行】

京都はカフェの多い町である。小じゃれたカフェがあちこちにあって、なんでこんなとこにあんのんというカフェー(伸ばしてみた)にしっかりお姉ちゃん達がしっかり思い思いにくつろいでいる。インターネットでは沢山の人があちこちの店をチェックして記事にUPしたりそこでは★の数を二個や三個にしてみたり時には珈琲の旨さなどを見比べてみたりする。

なかにはそんなブームらしきものには迎合するつもりもないのにやれレトロや昔ながらの味だの面白がられて勝手に引き合いに出されてしまっていて困惑してのではないかと思わせる店もちらほら。たとえば今出川の「静香」なんかはその類であって、他にも地元に住んでいて10年以上の間店の存在は知っていてもついに足を踏み入れてなかった近所のお店までがインターネットのカフェ好きの取材リストに踊っているので驚愕する。

さらにその中のひとつが室町二条の「ユニオン」で、ここは会社から非常にてっとり早く行ける距離ながら、私が通りかかるときにはきまって営業していないし、例え営業していてもそれほどのんびり界隈を歩く機会などついになくて未だに体験遭遇していない。驚くべきは遠方からこの謎の店の珈琲を飲みに来る熱心なファンが居ると言うことだ。まさにオドロキ、三条堺町のイノダさんどころではない、そこはユニオン。地元の人でもちょっと思いを巡らさなければ思い出せない程の古びた静かな佇まいなのだ。


7/14【TODO】

じっとしていても用事は溜まるもの。でついつい溜め込んでしまうのがこれまた用事で、たまに「しなくてもいけないコト」リストを作成するのだが書き始めると真っ黒になり面食らう。なかには4.5分で片づきそうなことも結構あるし、年がら年中書きっぱなしのものもある。

非常に多忙な日常を過ごしている人はこのTO-DOを上手に管理して行く術を身につけるのだろう。私もシステマチックに対処して行こうと思いながら代わり映えのしない毎日を過ごしてしまっているのが現実である。


7/1【夜風の晩餐】

夜のひんやりとした風が有り難いこの頃。メシ喰ったらもうなにもする気がなくて。今年も半分終わったね。やれやれ。

近頃の若いやつぁと言い出すと親爺なのですが、まずは若い癖にワキがクサイですね。先日も通勤電車の中でたまに席に掛けられてほっとしているとシャツのワキの部分から脇毛を出しながら若いのが吊革につかまるのですが、こいつがクサイ。何が悲しくて初夏の爽やかな朝だったり夕方だったりするのをワキのニオイに包まれなくてはならないかと思うわけです。

また朝の烏丸駅などでイライラするのは後ろに数十人控えているのにも関わらず、自動改札の手前で定期を探し始めるやつ。他にも「整然と並ぶ」「急ぐ人に道を譲る」など基本的所作が身に付いていないというか。こやつも大概若い女連中。毎度「足蹴にしてはならんのか」と思うが。時間が有り余っているんでしょうね。

あと子供を叱らない母親も居ります。人が通勤鞄下げて夕餉の食材を買い込んでいるところに足下にちょろちょろとガキが。今度母親の目が届かないところで買い物かごを頭にぶつけたりカタイ革靴で足でも踏んでやろうかと思うけど。本当に人のガキとは大概可愛くないものです。

まだいたっ。たまに混んでいる通勤電車で座席の上を寝台車のように大の字になって寝ていて、周囲から白い目で見られている親爺さん居ませんかね。僕は数回見かけましたが、あんなふうになりたくはないもんです。

まずは人のフリみてって事ですよね。


5/21【日常】

一人暮らしもそれなりに長くなってきたのですが(そんなつもりもなかったのだが)最近では21時までに食事とその後かたづけをなるべく終えるというのが自分の中でのルールとなっています。きょうも同様にお風呂に入ったりしながら9時にはキッチンの蛍光灯をプチンと消してさんまちゃんのドラマを横目でみつつワイシャツにアイロンなんぞあてておりました。それを終えると昨日録音しておいたデモテをHDRからMDに落としてごろりと横になってチェックしているうちに眠りの海へ。で午前1時に起きて2時間が経過しようとしております。

お陰様というかなんというかこれといったことはないですが忙しくさせていただいておりましてはっきりいって居眠りなどはしている場合ではない。ひとつは今更ながら日商簿記の三級を受験するのであります。(その割には準備が何も出来ていない)高校のときに私はコレを受けて返り討ちに会い、級が取れなかった、20年経過して今風にさらっと言えばリベンジというわけ。

もうひとつまだHPのコンテンツにもなっていませんが、辻川みさ子君(vo)とのDUOのライブ(5/25ヴィンセント・6/7ネガポジ)が迫っていてこれも課題の一つ。自分の曲をメーンにアコースティックのDUOでというのは以前も他方でやっていたのですが、今回は非常に僕のカラーが強いというかなんちゅうかまだまだ開発中の部分が大きいのですが、辻川君もなかなかやってくれはりますのでヘタヘタウマなボサノバ風のアコギとともにオオエ的には大きくお薦めしているところであります。よろぴくね。


3/28【真相は腹の中】

不祥事がまた起こる。連鎖連鎖連鎖。この鎖がどこまでも続く。なんでなんだろう?たってヒトはヒトを欺く生き物だもの。ウソもつくし、ヒトのものを横取りもするし、ささいな理由で刃物をつきつけて傷つけたりするし。そうして私たちはがっかりする。でも目線を変えると知られざる誰かの善い行いや努力に励まされたり感動したり。これだってまた続く続く。誰かを信じるこれは戦いなのだと思う。ときに裏切られたり傷つけられたり。破壊的な打撃を受けることも。でもこれまた自分は続いて行く。

政治家の一連の不祥事や食品の偽装表示はこういった象徴的な出来事ですよね。自分たちの限られた世界の常識の中で軽く目を閉じたり実際この程度と安直に許したり。でも自分たちの世界が外の広い世界と大きく繋がっていることに目を見開こうとしない気づこうともしない日本人の先天的ズルさが災いしたのだろうかとにかく腑に落ちない嘆かざるをえない組織のなかの歯車のたった一個だったとしても一旦白日の下に晒されれば結果として自分たちが頑張ってきた道のりを一瞬にして消し去ってしまうような問題を孕んだ悪習となぜ戦えなかったのだろうか。

記者会見で記者に叩かれてシラをきることさえもままならなかった某女性議員最後の瞬間をさわやかに演じようとしたつもりだったのだろうが三文芝居ゆえの空々しさと醜さとしか映らなかったのが印象的な一こまだった。


3/14【てづくりクッキー】

ホワイトデーのお返しにとはじめてクッキーを焼いてみた。ネタのつもりなのだがマジと取られれば笑えない。でもヒトのリアクションを見るのが楽しい。

しかしお菓子作りは藤本美貴ちゃんのようなカワイコチャンがエプロン姿で取り組んでいるのが相応しいのだ。一人暮らしの三十路の男性が夜遅くににワイシャツスラックス姿で(着替えろよ)ぶつぶついいながらキッチンで一人黙々と素材を捏ねたり焼いたりしている絵柄はかなり不気味である。結構手順はガサツであったがなんとかなった。

以前プラッツの無印良品で商品棚を見ながら「やっぱりクッキィかなぁ~」などとやっていると同じ会社のオンナノコにばったり出会ってしまった。彼女も同じようにお菓子作りの素材を仕入れにやって来たのである。

ちなみに無印のチョコレートクッキーセットは500円もしない。小さめに作れば30個ほどにもなるかなぁ。でけっこうイケる。かくして持参したクッキーは好評で職場では「こんどはパウンドケーキにでも挑戦して下さい」と有り難い言葉まで頂戴した。否有り難いのやらなんなのやら。


3/14【いまだかつてない対決】

とある新聞社が主催している会の例会に出掛けた。もともと地元の先生や学者会社の取締役などが行かれる会なので顔ぶれとして一介のサラリーマンの私が相応しいかどうか疑問なのだが、それでも中央の教授や学者新聞記者が政治経済の話を熱っぽくされているので日頃触れ得ぬ世界の面白さで有り難く行かせていただいているワケだ。

この日は自民党の古賀誠が入洛折しも鈴木議員の疑惑沙汰で国会は揺れている最中ナニカシラの発言を期待してかホテルの会場の席の後ろは各民放のテレビカメラがずらりと並ぶ。和やかな食事のあと壇上に上がった古賀サン席は鎮まり空気も変わり氏穏やかに喋り出す。

私は最近視力が落ちていることもあり、また前列の席が空いていると壇上のヒトもやりにくいことを理解しているのでこういう場合は何時もセンパイ方の邪魔にならないように配慮しつつ前列の席に掛けることにしている。どうも古賀サンはスピーチの時には数人を無作為に抽出しその人の目に代わる代わる目をやりながら話しているようなのだがほどなく古賀サンの目は僕に注がれている事を理解したのである。

古賀誠VSわし。

多分爺さんやオジサマに混じって目立っていたんだろうなぁ。これには参った。目をそらすワケにも行かず釘付けになった。

流石中央のヒト揺るぎないものがあるなぁと小市民は感心して見ていたのであるが、帰ってその日のニューステーションを見ると前列でリスのようにチイサクなって古賀さんに睨まれて?ちぢこまっている私と壇上の氏が確認出来た。因みに120分の話しの中でニュースに流れたのはまさにスズキさんの進退に言及したほんの少しの部分で「政治家たるものご自分の進退はご自分で判断されるべき」という部分の数秒だけであった。

そうそう鈴木宗男の疑惑のこと。確かにミナの言うように悪党悪たれかも知れないが・・実は日常平然と二重路上駐車したりヒトの家の前でタバコを捨てにじりつぶしたり痰を吐いたりしているダニのような連中がこのときに託けて正義漢ぶっているのを見るほうがよっぽど頭に来ます。皆様は如何なものでしょうか。


3/9【極楽】

夕刻の阪急電車。急行電車はいつもであれば東向日の駅を過ぎるとお客も減るのだがどういうわけかオッサンの群が開かれたドアの向こうからどどっと雪崩れ込んできた。よく時代劇の台詞で「束になってかかってきやがれ」などというがオッサンの場合束になるととてもクサい。口臭体臭酒臭。かくいう自分も宇宙戦艦ヤマトに肉薄するデスラー砲のように射程範囲内であるかと思うとぞっとする。察するところ今日は向日町けいりん。案の定西向日で電車を降りようとするとすれ違いに淡麗の500MLカンを手に持ったまま爺様がよたよたと電車に乗ってきた。

駅前(というほどの駅前ではないが)に出ると先ほどの束になりそこねたのがまたあちこちにパックマンのように徘徊していてまたワンカップなど手にしている。遠のいたかと思うと途の途中でB29の再来かと思うくらいのすさまじい屁をたれていた。

ニホンよいとこ一度はおいで。世は極楽。なんという寛大な国。ニッポンの経済成長を支えた企業戦士の老い先がこれなのかしら。同じ空のどこかでは食べるに困って根っこや木の芽を食べているヒトがたくさんいるというのにね。


2/12【めんのん輩】

オトコマエとはと考えはじめて、なぜか頭にふうっと浮かんだ「ベルク・カッツェ」ガッチャマン(ガッチャマンとはGotta-Manなのか??)に出てくる悪役なのだが(おの~れおの~れガッチャマンというキメ台詞で思い出す人も多く・・はないか)不細工な仮面をとったところがなかなかエエ男だったのを覚えているのである。

でせっかくご登場願ったベルクカッツェもロンドン焼もさらにこっちに置いといて、メンズノンノなんて読んでると、オトコマエはええもんきとるなぁ、と思いませんか。大体装着している服の値段なんぞみると、昭和ヒトケタ、現況ユニクロマニアのオヤジが見たらため息をもらすだろうなっち。ヴィンテージのジーンズ買うお金があったら、ローンの返済に充てるっちゅうねん。

雑誌のモデルの彼等に比べ「オナゴに喧嘩うっとるき」っちゅうほどほっそりしているところは引けを取らないのだが。やはりしつけが違うのかしらむ。

というわけで象さんはお休みの時間であるまじろ。ぱおぱお。


2/11【肉・食・汁】

山猫クンの期待に応えて11日第二弾。

こんばんは焼き肉。TOKIOの長瀬クンのように焼き肉大使になってしまうほど焼き肉通ではないが、とにかく切って焼けば料理になるとても都合の良いメニウであり、食卓に上がることも多い。現状はパソコンデスクの上に一升瓶、焼き肉山盛りサラダみそ汁炊き立てご飯というディナータイムである。

焼き肉を口にした瞬間私にはその昔狩猟をして獲物の肉を火にあぶって食したのであろう先祖の血がふつふつとながれるような感覚がわき起こる。こってりとした禁断の味。時空を越え、けものの肉を思いのままに賞味できる幸せを噛みしめずにはいられない。

でここで問題は昨今の狂牛病(BSE)の騒ぎである。雪印食品の間の悪い不祥事も消費者マインドにマイナスイメージを間違いなくせっせと注入しつづける。「大手の雪印がああなんだから他の中小の業者も」などと頼まれもしないのにイマジネーションが拡がる。

街頭インタビューで「アたし暫く牛肉は買いませんことですよおっほっほー」と宣うおばはんには正直ムカツク。「あたしには牛肉なんか無くても他のカードがあるんですものネ」と言わんばかりである。大体「狂牛病」というネーミングが失礼である。なんやわからん病気でキモいというのは分かるが牛様はあれはシビれているのであって狂っているのではないし、かりにも病人否病牛であるから、これと同じコトを人間に対してやったら人権問題だよなぁ、とは思いませんか。日本のマスコミが病牛が発見されて「狂牛病」と散々あおり立てたあとで、「BSEいわゆる狂牛病」なんて呼び方に訂正されたのはかなり後のことですからこのへんも如何なものかと思いますよね。(狂牛病はあちゃらでの語句の直訳だそうですから悪しからず)

でっでっアタシが言いたいのは生き物は自らの命を絶って私たちの口へと運ばれてくるのだからその感謝の気持ちを片時も忘れてはなりませんよねとゆーことなのです。雪印の一件もそういった感謝を忘れ去ってしまった傲慢さから来たものでしょうし、当たり前のようにあたしたちも疑わしきはと言われて処分されてしまう牛たちのことを遠くの出来事のようにぼんやり聞いてしまっているのではないでしょうか。たとえウシが食べられなくなった悲しさはあってもウシの名誉が傷つけられた切なさはこれっぽっちも感じていないのです。

ウシを喰ったことによってバタバタ人が死んでいるならまだしも畜産業者や小売業者があれこれ知恵を絞って、検査をしてまた今までのように美味しいウシさんを食べてねと頑張っている以上は信用できる範囲は信用して口に運びまたその楽しい味覚をいまいちどかみしめてみることが必要なんじゃないかな。

でごちそうさま。


2/11【iMAC】

みなさんお久しぶりぶりっこでございます。

最近ちょつとパソコンを買い換えたい電流が走っています。長いこと(とはいうもののいまのやつが98年からだからたかが3.4年)ボンダイiMACでサクサクとあれこれやってきたもののやっぱり最新鋭機には勝てないのよね。最新鋭から型遅れ次第にお荷物最後はゴミ以下。貰ってくれる人もあるかどうか分からない。ってなもんでパソコンの進化はとにかくすごい。一方ギターはいいよね。なーんにも変わっていない。新しいアタッチメントや録音用の機材が出たときはちょっとどきっとするけど、でも劇的に変わることはないと思う。オールドのテレキャスターがデジタルなグルーブの中でも色褪せないのを見ると、ギターって永遠の少年かもと思ったりして。

前のパワーマックのクロック数が120ボンダイ君が233いま出ているiMAC(あのおまんぢうにモニタがくっついている奇妙な形の)が同じ価格帯だと700でハイエンド機が800。でいまの機種の良いのはUSBポートがたくさんくっついているコト。ボンダイ君は(キーボード用を含めて)2個しかないので、ハブをくっつけて枝わけしているのだが、こいつを通すと、プリント/通信の双方でエラーが出るので、結局使い分けるたびに抜き差し、抜き差し。差込口が次第に甘くなってくるのが悩ましい。初代の630はハードディスクが350MBしかなくて、6300/120に乗り換えたときは1.2GBになってどんなに有り難かったことか。しかしいまではボンダイ君の4GBも危うし、今度のiMACは40GBと聞いているがゆくゆくはこれさえも圧倒してしまうのかと思えばヒトの欲求などとどまるところを知らないのであろうと思う。

長々と書いたのだが、ローンでも組まなければならないのだろうかと思案しているところ。これ以外にバイオ以上に軽くて小さくてスタイリッシュなマックが出ればイチもニもなく大借金して買っているだろうなぁ。ヒネクレ者の私。


1/15【成人式】

昨晩は「成人式」が必要か、などと去年と同じように論じられているテレビの前でお茶を飲んでおりました。「成人式」の是非はともかくとして行政の責任として提供しなければならないサービスで行政は行政の責任をもって仕事としてやるわけですから参加する側は成人として云々ではなく犬畜生でないならばひととして誠実な態度をもってのぞまなければならないわけです。

テレビの影響力は大きいのであります。成人の人達の緊張感のない態度をみて、ブラウン管の向こう側ではどれほどバカ呼ばわりされているか例えば小学生がこのありさまをみながら「なんかオツム軽そう」「ガキじゃん」「ああいう成人にはなりたくないよな」と言い合っていたとしたらどうでしょうね。そればかり思うのですが・・。

会場の外でダベっていたり会場の中で好き放題に軽薄な携帯の着信音を鳴らしているみなさんも、ゆくゆくの入社式の会場ではすましておとなしくしているんでしょうね。・・こういうスイッチングばかり巧みになっちゃって・・益々ハラタツ。否新成人に限ったことではありませんよ。こういうオトナあちこちにいるしね・・。


1/14【服の棚卸し】

みなさんも職場で個人でTO-DOメモを書かれることはありませんか。私のこのところのメモに書かれていたのは「服の棚卸し」でございました。いまどの服を何着もっているか把握し古い服着なくなった服に如何に見切りをつけるかがご家庭のワードローブをコンパクトにキレイに管理できるか否かにかかっているようです。

一件この日記などをみるにつけ私が几帳面であると錯覚しがち・・かもしれませんが、脱いだ服が部屋の隅などに山になっている有様を見るとやはりこの男も余所の野郎と同じなのだと納得していただけるに違いないと思います。

理想的こ洒落生活。

オンナノコの皆さんにはとってもたくさんの服をきっちり管理していらっしゃるので心から尊敬してしまいます。でも私にはそんな情熱も器用さも持ち合わせていないのでこれだけは・・・と次のように考えたわけでございます。

1.よいものを買う。

2.いたずらに服を増やさない

3.だめになったものは処分。

「良いモノを買って、その分メンテナンスをしっかりして少な目に運用する。色オチしたり古くなって襟が黄ばんだり伸びたりしたものは処分」こんなもんでどうでしょうかね。ついついおんもに来て出られそうにないものを家の中で着たりしてしまいますが(俺だけか??)たまたまお越しになったご近所さんに緊張感のないだらしない状態をついついお目に掛けてしまいます。また虫の食ったセーターは虫に食われたという罪悪感が着るたびに助長されてしまいます。喰われたら負けなのです。

良いものというのは決して高価なものという訳ではなく品質のよいものという意味です。

うちのものはゴミに出せるくらいの分量でしたが着なくなった服が沢山持たれているところは寄付金を添えてボランティアに提供するという手もあります。インターネットでもその役目を買って出ている団体も沢山見受けられます。この場合きちんと洗ってきれいな損傷のないものを提供することは言うまでもありませんが、飽くまで人の手を煩わせるという事を念頭に活動に参加するという心構えが必要かと思います。

で今日は虫喰ったいくらかのセーターとその他もろもろを処分しました。処分したら処分したでちょっぴりすっきりして気持ちの良いものです。

ところで・・・ことしも1/24終わってしまいましたね。早いもので1/365が1/24になってしまいました。時は金也。


1/13【ナビ男くん】

これは去年の話題。

最近ネットで買い物が便利になってきているのでなにかと利用しては喜んでいる。我がトヨタカローラツーリングワゴン(通称ぱんかろ=パンやの車に似ているカローラという意味)に積載しているカーコンポのCDプレーヤーが故障してしまって、あれこれ考える内にネット通販はどうかという結論に達したのである。

ただネット通販のカーステはもちろん大方取り付けは自分で行わなければならない。先代の「カリブ」は丁度カーステの取り付け部分がシンプルに露出していたので取り付けを自分で一度したこともありさほど問題はなかったが「ぱんかろ君」は近々10年オチになる車種ながら、パネルはどこをどうしたものかきっちりハメコミになっている。出来れば取り付けて欲しいのだが・・。

その中でナビ男くんというカーナビやカーステの通販サービスがあってここに問い合わせをかけたところ、やりとりするうちに「以前されたことがあるんでしたら、一度チャレンジしてみては如何でしょう」という返事が返ってきた。週末の遠出には間に合わせたかったし、結局取り寄せることにしてみた。

数日すると佐川急便のおっちゃんが夜遅いにも関わらずパイオニアのMDのカーステの包みを大事そうにもってやってきてくれた。早速深夜のガレージに光源を持ち込んで作業開始。がしかし・・やっぱりワカラン!とりあえず手当たり次第にネジを外しては見るのだが、被さっているパネルがどこをどうしているのか・・。暗いしだいいち凍りそうにサブい。結局パネルが取れたのは次の夜。しかし今度は手持ちの工具ではなぜかネジが堅くて前のカーステが取り外せない。(次の日明るいところでよく見てみるとネジの周囲が六角になっていて(被せる形の)六角レンチで回す仕様になっていた。暗くてわからなかったの・・)いくら頑張ってもネジはとれず作業は断念。がっくりときた私はアドバイスしてくれた「ナビ男くん」のスタッフの方に愚痴混じり「ネジ穴潰してしまいました・・」とメールを返してしまいました。

で次の日。結局ドライブにはカーステ取り付けは間に合わず。(一部配線などが露出したまま乗って行きました)帰ってから次の日やっと取り付け成功。かなり手こずりましたがねばり強く問い合わせに応えて下さった「ナビ男くん」のスタッフの方にも感謝とお礼を。なんといっても安上がりにできたしね。

でその感謝の印として掲載したわけでございました。以上。


1/11【電車・つづき】

1/10の日記のことを思いながらまた電車のロングシートに腰掛けていると桂駅で乗り込んできた女子高生案の定ひとりは前例のように股ぐらのネジが緩んでいるもう一人はファミリーマートの袋からなにやらお菓子を取り出しつつポリポリ。なんか日常の緊張感のなさがそのまま出ている感じ。ちょっとは上品に振る舞おうとかいう気持ちがまったくないんだなこれが。対象がキレイことか可愛いことかならまだ呑み込んでしまうのだが・・。西向日の駅でプラットフォームに降り立ち、走り去る電車を見ていると同じ制服の同じようなのが普通電車にいっぱい乗り込んでいたのもわかったし、さらにこいつら同じ学校のものということも何となく分かった。うーむ。

そうそう社章を付けたままで通勤電車の中で上司の悪口をタラタラいうのはやめましょうね。他の乗客がチェックしてますよ。うちは社章ないからいいけど(笑)


1/10【電車】

生まれて初めて電車通勤を初めて2年とすこし、まいろいろな人がいます。第一にクサイ人。事情はいろいろあるでしょうが、とにかく困ってしまいます。まず朝から酒クサイ人。内臓の中でドロドロ肉じゃがや乾きものししゃもにレモンを搾ったのからクリームコロッケそれに加えておにごろし焼酎ニッカウヰスキーがぽこぽこと発酵しながらグリグリと回っているような様子です。まずこやつには
「電車に乗るなうつけ!」と桂川鉄橋の通過中に窓からブッ飛ばしましょう。あとモノを食らう女子高生。クリームパンやハンバーガー先日はコンビニのカルボナーラをトレイに乗ったまま持って乗り込んできました。すこぶる下品です。これはなにか食べものクサイです。食品添加物のニオイ。(そんなニオイあるのか?)あと極めつけはオッサン臭。身体のあちこちから特殊な褐色の液体を産出しているかのようなまったりとしたなまぐさいすえた感じのニオイです。別のニオイをつけて抵抗を試みているケースもありますが、この場合相乗効果??でさらに最悪の結果にもつれ込んでしまっているようです。

スカートの女性でスカートが引っ張られちぎれるくらいに大仰に股ぐらを拡げて座られる場合もしばしあります。それもオバハンはあまり見たことがなく若年層からOLくらいの年代が多いのです。なにかの原因で関節のボルトが緩んでいるのでしょうか。それとも向いの席がダウンタウンの浜田やえなりかずき似と冷やかされてばかり居る僕と知っての仕打ちなのでしょうか。何れにせよ太股の肌の色が確認できるくらいで信州味噌や大根葉やあぶらげの類は確認できていません。


1/9【年賀状】

年末年始でひと仕事であるのが年賀状のやりとり。ひとさまに比べて交友関係は若干多かろうが今年も240枚ほど差し出すこととなった。この枚数になると送り先のリストも正確にやっておかないと訳が分からなくなるので、差し出した日付と受け取った日付は控えておく。

結果の一覧をみながら思うのは、差し出しながら返事が返ってこなかった人。年賀は出さない主義、という人にむりやり見せつける趣旨で送っているのは別として、名前のひとつひとつを見ていると・・この人達には日頃ニコニコしながら腹では「コイツにはいつかいうたらなアカン」って思われているかも、と意地悪く思ってしまうし、僕のことはもう見たくも聞きたくもない名前なのかもなぁとも思ってしまう。人とは不安定なものなのね。来年はちょっと絞るか・・・なんて思いながら手控えるとそういう時に限って元旦に丁寧な挨拶を頂戴したりして、あいや誤解かも・・と。日常ってそういう繰り返しだったりするのだけどみんなはどうかな?


1/8【ポートレイト】

チャンスがあったら、腕の立つ人に写真をとっておいてもらう事をお薦めします。私は幸い優秀なカメラマンやデザイナの人たちと出合う機会があったのでそんな中でどちらかというと普段の表情よりイベント向けの写真は沢山撮って貰ってあります。

「最近のバ◎ちょんカメラはバカにできないよねぇ」と写真にウルサイうちの母親も言っていますがプロの腕前がなくてもそれなりに心得のある人なら高いカメラがなくてもコツを掴むだけで楽しい写真を撮ることができます。ちょっと踏み込んでみるか否かで随分違うのです。

きいたところによるとお見合い写真なども当人のルックスはともかくとして写真うつりひとつでずいぶん得をしたり損をしたりということがあるようです。光の加減を気遣いピントを合わせ、顔の形をわかりやすく収め、被写体のリラックスした表情を引き出して切り取ったものはアクセスの可能性大です。ピントが甘く暗く表情の分別が付かず、構図の中に無駄がおおい写真はどうみても損です。

若いカメラマンの中には必要経費を払えば快くポートレイトの撮影を引き受けてくれる場合もあります。彼等も機会を作って勉強したいと思っているからです。機会があったら遠慮せず自分のイメージを伝えてみましょう。


1/4【無印良男】

「むじるしよしお」という人名ではありません。念のため。

1980年の発足後まもなく数は少ないものの京都でも無印の店があって、現在BALの2フロアを占めている京都BAL店も以前はVOXビルの一階にあった。デザインをシンプルにした分廉価でという期待感もあまり満たされることはなかったが、それでもデザインの統一感や機能を考えると、いくつか活用する機会には恵まれた。

以前は厚めのパンフレットに収まっていた商品も、先日遂に500ページ弱の冊子になり、市内の至る所に無印が出来た。あらゆる外出先で最寄りの無印で買い物が出来る。そんなわけで、あれやこれやと家の中にも無印君が増えたわけである。

さてさて、店舗により扱う品数の違いはあれ、デザインの統一感をひとつのウリにしている無印良品だが、その店舗により微妙な温度差が垣間見られて面白い。特に郊外のSで始まるスーパーのフロアを間借りしているショップにはイケていない店が多い。今日は阪急沿線のK店にお邪魔したのだが、無印には珍しく陳列に集中力を欠く有様で例えば調理器具などは納入時のままポリ袋に包まれた状態で陳列されていた。在庫があれば買おうかなと思っていたオイルポット君が寂しげに陳列棚の奥のスミのほうに追いやられていたのを見た。ここに限らず店内のタイルは剥がれていて修繕されない店が多く、見上げればボード製の天井にはなにかしら所々穴があいていて塞がれもしていない。

このSというスーパー、市内の至る所で見かけるがどの店においてもフロアに殆ど客が居ない。但し100円ショップだけはカウンターにお客が並んでいる。無印良品も無人良品にならない程度に客は居る。

社会にものが溢れている。そして私たち自身がものを随分吟味して買い入れるようになった。吟味する時間も余裕も与えられたからだ。そんな中勝ち組に残るためには誰もに相当の努力が必要ではないのかな。


1/3【千円の恋】

東映の映画「千年の恋」見ました。例によって例の如く感想なんぞ。

天海祐希演ずるところの光源氏。光源氏を女性が演じる事に違和感はないのでしょうか。実家の食卓で母親にそんなことを喋っていると「光源氏はイメージが集成された存在なのだから実際の男性が演じるとかえって生々しいと思う」という意見でした。しかしそれでもオンナの光源氏は結局頭の中を終始付いて回ったのであります。男性ポスト不在の源氏の恋物語。不戦勝の紅白歌合戦みたいです。白組さんの負け・・っていう。ユニセックスなキャラクターで今が旬の素材がないってことですかね?ミナさん??

あそこまで色々な才能を結集して作られた(はずの)作品ですから、揶揄するなんざ、野次好きの外野ネット裏のなせる仕業でしかないんでしょうけど、・・こういってしまっては身も蓋もないのですが、これを見ながら「光源氏」っていうキャラクターは演じてはいけない素材なんじゃないかなって思ってしまいました。本来の源氏物語が飽くまでテキストベースであるように、それに自由に色を付けて愉しむのが正しい観賞の方法でしょう。でもそれだけにそれを敢えて具現化させてしまいたいというのも沢山の表現者(過去にも映画にも舞台にもなっているしね)の正しい欲求だったと思うのです。ただ、この映画は(あくまで私の感じるところ)それに甘えて、余りにも自由にのめり込んでしまって、本来のストーリーに対するリスペクトが感じられなくなってしまったような気がするのです。

私は「伊勢物語」で卒業論文を書きましたが、この物語も在原業平というキャラが居て、それに関わった沢山の女性の事がカタログのように並べられています。容姿端麗であり同時に類い希なる才能の持ち主が同時にマザコンで、スキあらばお姉ちゃんのケツを追っかけ回していたという構図。こういった物語が千年も廃れずに残ったというのはオトコが生まれつきこういう生き物であるといち早く記したからではなかったろうか。というわけで下品な文章で御免。

※表題の「千円」はレディスデーはこの値段らしいという意味でした。


1/2【年頭挨拶タイムラグのふろくつき】

昨年末は予期せぬ多忙により一年を振り返る余裕がありませんでした。更新が途絶えているのも私自身がホムペづくりに飽きてしまったというのも正直なひとつの理由ですが、加えて視力の衰退なども影響を及ぼしていたと思います。

11月のお誕生日に以前から「いつかは・・」と心に決めていたとおり、メガネやさんに行き、メガネを誂えました。遠くのものが見づらくなっていたからです。程度は軽くて、日常生活には困らないほどでした。ところが、眼力の測定を終え、サンプルの眼鏡をかけたとたん、思いも掛けなかったリアルな世界が私の眼前に出現しました。もっとおそろしいことはその後に起こって、メガネを外した途端、今まで何気なく見えていた視界が、かすんだようになって訳が分からなくなってしまいました。いまから思えば一時的な症状ですが、それから一週間ほど自分のショックや不安感は大きく感じました。

この一時期自分が感じ取っていたもの。ひとつは「次第に見えなくなっているものだから、慣れっこになっていて、いきなりリアルな世界が展開して、基準が分からなくなって狼狽した」という事かも知れません。現に私が今見ているものもさほどあてにはならないもの。

視力を回復するには・・「目を疲れさせないこと」らしいのですが、果たしてどこまで可能なのか疑問。目は商売道具のようなもの、スペアはありませんものね。大事にしないと。

・・今年は(もう1/365終わっちゃったのだが)何か成果のようなもの・・がしっかり手に残る年にしたいなって思っています。一足飛びに実現しちゃいたいことはいろいろあるけどね・・それをあるタイミングでしっかりやれるように細かいニュアンスに拘ってみる一年にするかなって思っています。みなさんは如何ですか?



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