【2000/12/31】
美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」って知ってますか?桑田佳祐氏などが取り上げていらっしゃるのでご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は今西(太一)君が取り上げていたのと、村上ponta秀一氏が自分のオリジナル盤の中で泉谷しげるや佐山雅弘とプレイしているのが特に良いと思いました。
諸説ありますが「ヨイトマケ」というのは土方仕事で基礎工事の時に基礎をつきかためる時に利用していた道具の滑車の事だと僕は考えています。
只、このヨイトマケという言葉自体が広義では日雇労働者を指していた云々、と考えられたところから、ヒットしていながらもNHKでは放送禁止曲のリストとして上がってしまいます。
奇しくも僕がその曲と再会したのはNHKの番組でした。
その中での怒号にも似た美輪明宏さんの力強い(しかも妖しい)歌声に、はっとさせられました。
唄の内容はヨイトマケの子供の立場で描かれています。
自分の母親が土方の労働に出ていたために学校で虐められた子供が母親に慰めて貰おうと工事現場で赴いたところ、男性に混じってヨイトマケの唄を歌いながら力の限り綱を引いている母親の姿が目に留まります。
子供はそれを一目見て「勉強して偉くなって母親を労ってあげなくては」と学校に帰って行きます。
そして最後に働きづめでこの世を去っていった母を思ってこう歌うのです。
何度か僕も グレかけたけど やくざな道は ふまずにすんだ どんなきれいな 唄よりも どんなきれいな 声よりも 僕をはげまし 慰めた 母ちゃんの唄こそ 世界一 母ちゃんの唄こそ 世界一 元祖ヴィジュアル系、元祖シンガーソングライターと言い切る美輪氏のこの時期の歌には興味深いものがあります。
商業ベースの歌の世界に見切りをつけ、飾らない言葉で庶民の言葉を自分で綴っていったというあまりにも早い取り組みに僕は共感を覚えます。
「昭和の歌は良かったなぁ」というと只のメランコリーのように聞こえてしまいます。
後ろばかりを振り返っている負け犬のように聞こえます。
でもそれを感じてしまうのは「既に淘汰が終わっている」理由からではないでしょうか。
いまの世の中にもそれなりにいい歌はあるはず。
でも聞こえてくるのは「その場凌ぎ」の歌ばかり・・「淘汰されない歌」を書き留められるか否かが音楽家の真の資質として問われなければならないのではないでしょうか。
僕はこの歌を取り上げてゆったりと20世紀を振り返る事にしました。
20世紀を振り返るということは、実は私たちの殆どは21世紀を振り返るチャンスなど与えられては居ない訳で、ということは自らの人生を振り返る二度とない機会であると思い始めました。
貧しさと、侮辱の中から這い上がってきたその志を、ハングリー精神を私たちは平成の(物質的に)豊かな世の中で失ってしまったのではないか、と思います。
あと数時間で新しい年、21世紀へと僕たちは隙間なく繋がっていきます。
この歌を当世の働く母親と、母親の面影に取り残されてしまった子供達に心から捧げたいと思います。
合掌。
【2000/12/17】 この日記の画面をを見ている人には分からないと思いますが、ただいまAdobe Goliveのテスト中です。
まだマニュアルのマの字もよんでいないので表示がヘンな箇所があるかもしれませんが我慢してみて下さい。
【2000/11/30】 もうすぐ夜明け。
20世紀もあとひとつき。
実はもう既に僕の年末は始まっていて連日「今世紀最後の××」といういろいろなイベントが目白押しなのです。
一部の人はご存じかと思うのですが、わたくしお香(香道)を習っておりまして、その発表会というものが先日ありました。
勿論作法に則ってやるのですが、根本的には香りを愉しむゲームのようなものでありまして、機会があれば是非体験されては如何かと存じます。
で、初めて「和の装い」というか男物の(あたりまえじゃ)着物を身につけてみました。
といっても帯の締め方や袴の付け方はなんにもワカランので、心得のある後輩君にやってもらったのですが、これが実に新しい世界との遭遇でございました。
日常履いている気楽な服装とは天地ほど違う、着物の特性やルールを正確に理解しないと装着ができない、がしかし、それを知ることによってその世界に仲間入りが認められる訳であります。
女性がまだしも、男性がきちんと着物を着る場面など、現代ではそうそうあるものではありませんが、気持ちが引き締まってなかなか良いものです。
伝統に触れ、新しい気風を謳歌するのは京都という土地の生来の気風ですが、私もそのように振る舞いつつ、21世紀との境界線をかろやかに跨ぎきって行きたいものだと思いました。
【2000/11/18】
結局1600件ものデータを入力して意気揚々と結果を出力してみると大体住宅ローンが支出の50.64%を占めていた。
食費は6.4%。
やはり一人暮らしだからこの程度でいいのだろう。
家計簿はシェアウエアなどで優秀なソフトがたくさん出ているからそれを使うと良いだろう。
特に実際に家計を運営しておられる奥方さまにはお薦めしておきます。
レシートの類の整理が付くのでさぞ身の回りがすっきるするだろう・・と計画していたが、なんのなんの、今もやはり書類の中に埋もれながらこれを打っている最中なのだ。
【2000/11/14】
4 日の日記にもある通り家計簿を作り始めて、勢い余ってついにはありとあらゆる家計を網羅して一年分を把握してエンゲル係数を自動計算してしまわなければ気が済まなくなり泥沼の日々を送っている。
今年は珍しく8年ぶりだか9年ぶりだかの長期休暇を頂き、今週はほぼ休み、そんなわけで朝からパソコンに向かっている。
ああ、もう止めよう。
体に悪い。
データはもう1500件に手が届く。
ソートした費目別にパーセンテージを出して、それを自動でエクセルに円グラフにして出したいのだが、そんなやり方は知らない。
思ったのだが、実は食費の割合は小さい。
日頃細々とあれこれ買うから回数は多いが、朝晩コミで月/15.000=日/500円であるからかなり節約している。
思いの外大きかったのは矢張り家を買ったことによる備品類や保険料の出費、それと通信料が意外と大きかった。
あ~、もうお昼ではないか。
きょうは焼きめしにするか。
【2000/11/4】
昨晩は浜田裕介「VOICES5」というイベントで小山卓治さん、山口岩男さんという大玄人とご一緒したのだが、まぁ私の演奏のコケ具合は歴史上から抹殺するからいいとして楽しかった。
それと全然関係のない話なのですが、皆さんにとって「これがなくてはどうにもならない」アプリケーションとは何でしょう。
勿論毎日使っている「Outlook」なども重要なのですが、私はカード型データベースソフト「ファイルメーカー」の信奉者、正規ユーザなのであります。
コンピュータ言語によるプログラムのノウハウがなくても少しの知識でかなり面白い事が出来ます。
会社でも複雑なスクリプトを書いてはそれのループを組んでコンピューターに処理を走らせている間にゆったりとお茶を飲むのがナニよりの幸せです。
まぁ、これがパッケージのソフトだったらそういった感激はないでしょう。
会費の運営などを任された場合の面倒な管理などには、実にサクサクと仕事をこなしてくれます。
会費の領収書を無造作にボックスに投げ入れて置いて、順番など無秩序に入力していっても、日付順に並べ替えてくれます。
また科目別の一覧や、出納簿なども、リアルタイムで集計表を作って行くことも朝飯前なので本当に助かります。
私も以前から作品や住所録などのデータベースに活用していますが、これを活かして今度は家計簿を付けてみることにしました。
何をするのかというと、毎度もらってくるレシートをこれに使うのです。
予め「科目」と「支払先」のマスターファイルが作ってあって、このコードは私の覚えやすいものにしてありますから、これをもとにめちゃくちゃになっているレシートを気の向いたときに順番に入力して行きます。
レシートの情報はデータベースに残るから金額の大きいものは別として処分します。
すると、結果、日付順にお金をつかった記録が出来上がりました。
科目でひもづけしてありますので、「今年の食費は?」とか、「一体あのスーパーで年間いくら使っているのだろう」とかが瞬時にして分かります。
また、ファイルの大きさも600K程度ですからたかが知れています。
私は一人暮らしを初めてからのレシートを山のように貯め込んでいましたので全部入力するのにかなりの時間を費やしてしまいました。
結果800枚ほどあって、まだ200枚ほど残しています。
全部が終わらないとはっきりした事は分からないのですが、大体食費が35%、生活消耗品(衣類含む)が35%、そして残りが書籍や、交際費、通信費用、ガソリン代でした。
あまりのレシートの数の多さに「しまった~」と嘆き悲しんでいましたが、それにしても、ちりも積もれば山です。
【2000/10/28】
祝・AdobePagemill 開発終了!会社のウエッブマスターのH君指摘する通り、マクロメディアの一方的な勝ち試合の中で、さて残る「Golive」で挑むAdobeのHP作成ツールの勝敗はいかにといったところである。
そんななかこの「ゴアンザ」も今後どちらのお世話になるのか思案中である。
さて、日付が変わったので昨晩の事だが、例によって会社の先輩と、バニーちゃんのお店へイッパイ行ってきた。
勤めていた23歳のオンナノコがコトブキ退勤?するということで、先輩が試飲までして味を確認して来たというワインを下げてはせ参じた訳である。
その女性いうところ、「養ってぇな」とのコトバに「ええよ」という返事が返ってきた事から一気に話はまとまったらしいが、この「養う」という響きがなんだか心地よかった。
完全と言わないまでも社会では女性が働きやすい環境が整い、雇用機会均等法の出現により、女性の活躍できるステージは確実に実現されつつあるが、その中にあって「養う」「養われる」という旧来の関係も勿論大手を振ってアリなのだ。
「養われる」期待に応えて、せっせと働く、今時働きバチでも良いではないだろうか。
只、能力を有して働くだけではだめ、21世紀には周囲を巻き込みつつ仕事を創り、こなすテクニックと、同時に家庭をマネジメントする器量が世間の男に求められているとこの頃思うのである。
僕がいうとなんだかウソっぽいんだけどね。
ヘークショイ。
【2000/10/9】
8 日の話題ついでにもうひとつ、男性ギターリストの演奏スタイルやテクニックを注意深く観察すると、それは同時にそのギターリストの「えっち」の流儀まで伺い知る事が出来るはずという話になった。
(発言責任者はナゴヤのトム・ウエイツ、コトともちゃんである)ウソかホントかはこっちにおいといて、想像すると面白い。
ディヴィッド・T・ウオーカーのそれはベルベットの如く流麗でつぼを押さえたものであるだろうし、ジミ・ヘンドリックスのそれはアグレッシブでハイなものだったに違いない。
職人とか、プロとかが世間が認める人たちのそれは精緻で、計算がなされて、手慣れていて、つまりはプラスの要素づくめであるが、これがアマチュアと呼ばれる一派の中では「マンネリ」「おなじ所ばかり攻める」「集中力がもたない」「チューニングがおかしい」「自己満足止まり」という評価が下される場合もあるかも。
・・世間の男どもよ、ギターは紳士な男の嗜みだぜ。
へへっ。
【2000/10/8】
先日・・誠か嘘か、母性本能をくすぐるオトコはオンナの切れ間がないらしいという話をしていて盛り上がっていた。
(まったくくだらない話で恐縮だが)で、とあるBBSでその真偽を問いただしたところ(これも可成りのアホウである)、男の頼りなさがオンナを惹きつけるのである、と言うことになった。
ただ頼りない男がモテると言うことではないと思うが、これは「頼り甲斐のある男が好き」という衆生のニーズと矛盾している。
これは都合良く解釈を翻し、要するに両極端の個性をもすくいあげて保護しようという神様のご配慮に違いない、との個人的見解に帰着した。
但し、自立して来るべきに備えようという涙ぐましい日常を送っている一部のボーイズには不公平かな気の毒かもしれない。
「男がオンナを愛する時」というのはR&Bは知らなくとも、自転車で走っているニッセイのおばさんさえも口ずさんでいるほどのポピュラーな曲であるが、(以前世良公則君がこっちが赤面するようなおネエちゃん殺しの日本語の歌詞をつけて熱唱していた。
でも徹底しているという面で兎に角評価すべきだった)要するに何が言いたいのかというと、好きになる気持ちなんて、理由を並べてもあとからあとから追っかけたような屁理屈みたいなもので、曖昧でごく感覚的なものに違いない。
だから醜かろうと何だろうと、モテるモテないはあまり関係がなくて、そういう意味ではチャンスはふとした曲がり角に転がっているかも。
え、モテたいかって?それは街の男達と同じ意見に決まってるでしょう!
【2000/9/26】
向日市民となって今日で一年が経つのだ。
そして今晩私の頭を悩ましているのはメーンバンクの倒産という憂き目。
「京都みやこ信用金庫」が来年1月4日に京都中央信用金庫に事業を譲渡して解散する。
ま、解散だの何だのは事業者の勝手だから良いのだが、何というか一番困るのはユーザでありまして、なんといっても会社の筋向かいにあった支店が、統合で閉鎖されるときいたからさて困った。
中信の支店は喧嘩を売るかの如く3店舗もありながら会社からあまりの遠さである。
破綻した側のユーザには冷や飯を食わせるのか、と腹立たしい。
中信の向日町支店は私の家から目と鼻の先でこれはまことに便利になるのだが、大体店舗の営業時間中は私はここに居ないのである。
「みやこ信用」の前身は「伏見信用金庫」これに繊維業界の衰退で自走力を失った「西陣信用金庫」が併合される形で「みやこ」と相成った。
ということで私は口座を開設して二度目の併合を経験している。
いまの「西陣支店」は「西陣信用金庫」の本店だったところで、建物自体もそれなりにゆったりした作りであったが、なんといっても不似合いな位客が居ない近年は淋しげな店舗であった。
以前西陣の商売が盛んな頃はそのお財布代わりに活況を呈した土地である。
その直ぐ近くにあったオヤジの会社もその後の時代の波に呑まれるかの如く、オヤジの退職後数年前ひっそりと商売を畳んでしまった。
先日前を通りかかったとき、もう会社が何処にあったのか分からなくなってしまっていた。
そのなかで「みやこ」の西陣支店も今年限りで営業を終え、僕の口座も余所の場所への移動を余儀なくされるのである。
【2000/9/11】
日が変わって11日。
もう寝ないとな。
この秋はさすがに忙しくて、10月7日の浜田裕介/名古屋Zに始まり、22日のCrescent Eaters/八幡市 某所、11月3日は浜田裕介の小山卓治さんとのイベント、25日は同じく東京。
で、日程は未定だが、11月中にCrescent Eatersでもう一本、それと23日(私の誕生日)には会社の社内サークルの発表会であったりしてかなりの濃さ。
しかも、私が5年前にやっていたDUO (Makin’ Happyといって、Crescent Eatersでもやってもらっている盟友、コニシユカ君と)も目出度く活動を再開出来ることになりメデタシ、メデタシ。
かなり内容のこゆいものを期待しているが、さてどうなるか。
これも年内にはどこかでブチかましたいのだが、そうなるとかなりの気合いを入れておかないと、ということになりまする。
まぁ、今日はそういったことに備えて、充電ということで一日大したこともせずにのんびりと過ごさせていただきました。
明朝からまた復活です。
【2000/9/10】
近頃不倫について考えている。
それがどういうものなのか感覚的に分からなかったけど、最近身近なあちこちでそういう事例があって、改めて結婚と不倫の位置関係について思いを巡らせることに至ったのである。
あちこちでナマナマしい話を耳にするたびに、最近の女の子(男の子)が結婚したがらないのも、これが一因かなぁ、と意地悪く思ってしまう。
飛躍するけど、・・結婚する人が減れば、当然出産の数は減る。
医療の進歩で老人はガンでしか死なない。
死因がガンというのも色々あって、耐久年数の終わりというのもそれなりの数である。
で、結果的に年寄りに傾いた国が出来上がる。
老齢人口の福祉を維持するには当然として労働力のある若年層の負担が増える。
負担をするのは見て通りの寒い世代である。
と、以上大変わかりやすい仕組み。
やはり何もかもバランスを維持することに全てはかかっている。
話を元に戻せば、やはり不倫は不幸だ。
どんなきれい事を言っても中身は裏切りである。
そこまでして汚れても、自分のための証たるものを得ようとする。
そういった意味で人は卑しい生き物だが、幸せの形は人類共通のものさしで図れないだろう。
だから心して道を選び、人として相応の責任を負うしかないのである。
【2000/9/4】
西向日駅前のファミリーマートでおにぎりとお茶を買い込んでホームに向かうとちょうど梅田行きの電車が滑り込んできた。
インターネットで分刻みで電車の時間が検索できるので時間の無駄はない。
最強モバイル青年。
普通電車の向かいの座席で中年の紳士がなんだか気持ち悪そうにしているのが気になった。
何かを手で払いのけると、まんなかの通路の真ん中に黒い物体が放り出されたのを察知したのである。
・・黒い小さな毛虫であった。
それもどちらかというと阪急電車のテーマカラーであるマルーンに近かった。
彼は暫く考え込んだ後、意図した(意図しない?)方向に向かってくねくねと匍匐前進を始めた。
その姿と言えば実は先ほどの中年の紳士から生まれた細胞か分子かカプセル怪獣のようで何か可笑しかった。
電車は晩夏の緑をかすめ縫うようにして走り、窓の景色は近く遠く飛んで行く。
さらにくねくねとうごめいている彼は今、阪急沿線でもっとも速く移動してる毛虫だろう。
駅に到着するたびに自動ドアが開き、サラリーマンの黒くて堅い靴が彼の頭上をひやりと掠めて行く。
その度に僕はドキドキ、ひやりとした。
しかし運強い彼は、踏まれなかった。
ついに僕が電車を降りるときまで健在だった。
しかし、彼は生まれた場所に帰ることはないだろう。
あるとすれば、折り返しの車中で・・彼にしてみれば京都タワーくらいの背丈の中年男の背中にジャンプアップして・・もと乗った駅で下車してもらう事ぐらいしかない。
そうおもうとB 級冒険小説みたい。
大阪モノレールに乗り換えると世間をナメた格好の少年たちが乗っていた。
ちゃらちゃらしたストラップの携帯電話でなにやらやりとりをしている。
何組がどうやら、と言っているので多分修学旅行だろう。
・・と思っていると伊丹の札幌行きの飛行機の搭乗口でこれまた遭遇した。
全員私服で、どれもこれも黒人のブラザーの格好「だけ」真似たのがうようよいる。
男性のこれまた敏腕そうな添乗員がドスの効いた声を響かせて注意事項をたたき込んでいるのであった。
僕の目には彼等がまるで先ほどの毛虫に見えてくるのであった。
【2000/8/25】
昨日、職場でとっても元気良く電話の受話器をとったら、はずみで勢い良く顔面にぶつけてしまった。
【2000/8/24】
火曜日は「学校へ行こう」と「ガチンコ!」というTV番組をたて続けに見るのがなんとなくの習慣になってしまっている。
なに、大した事はないのだが、それが習慣性というわけだ。
「学校へ行こう」はV6の番組であるが、その中でひとつのコーナーが印象に残った。
「高校生夫婦」というやつだ。
まだ高校生の男女カップル(死語か?)が居て「10月の彼女の誕生日に結婚式を挙げたい」などとのたまって、V6の面々とともにオンナノコの両親のもとへ。
両親は突然の娘の告白に当惑するが、そこでV6の方から「高校生らしい節度さを保ちながら、一度疑似結婚生活を体験させてみては?」と提案があるわけだ。
「飽くまで自分たちで稼ぐ」という事が条件のため、男の子側は肉体現場労働に出て、オンナノコの方はじっと家で帰りを待つわけだが、ここで彼等は現実を思い知るわけである。
男の子は遅くまでくたびれて帰ってくるわけで、オンナノコの手料理にあれこれ難癖を付けはじめる、オンナノコ側は懸命にやりくりをしようとするのだが、男の子のほうは「俺が骨を折って稼いできている」と主張「無駄遣いが過ぎる」と叩く。
お互いにストレスが溜まり、遂に喧嘩へとなる。
傍観者たる僕は、面白いと思って見ているのであるが、何が言いたいかというと、「いい年をして」と言われるような大人の喧嘩の内容も、これと寸分違わないわけである。
人類がアダムとイブに端を発して婚姻制度を開発して以来、このやりとりは続いてきたのでは、と重う。
多分この子たちのご両親はブラウン管の向こうで苦笑していたに違いない。
私も最近料理に身が入らない。
身が入らないのは料理だけじゃないんだけど。
今晩はあまりのまずさに気分が悪くなってしまった。
別に凝ったことはしていない。
心理的な負債かも。
その男の子の怒りに似たものが自分の中に沸き上がる。
しかしこの場合、調理したのも自分なのだ。
【2000/8/17】
暑さにかまけて更新を怠っていたところ、8月の半分がすぎてしまっていた。
しかも楽しいお盆休みまで終わってしまい、明日から仕事。
もう寝んとあかんで。
恋愛に対しての学習機能というものは、個人差こそあれ、これほどあてにならないものはないのでは?と思う。
結果として、未だ成熟していない己のぶさいくさをコレデモカというくらい見せつけられて、ふてくされてしまうわけだ。
まるで小犬のように臆病で、子猫のように懐疑的。
経験的にシュミレーションは可能だが、応用はきかない。
ついには開き直り、自暴自棄というやつになり、ますますまずい状況に落ちて行く。
中森明菜の「セカンド・ラブ」という歌があったのだが、セカンドどころか、サードを逸れて大ファウル、そうそう思い描くようには行かない。
日々精進、これしかない。
あ、関係ないけど昔の憂歌団の曲に「20$の恋」だっけ、あったよな。
「すべての男がお前の親戚みたいなものだから」当時のオオエ少年には刺激的な一節だけど、妙なリアリティがあったっけ。
と、全くとりとめもなく今日の日記でありました。
【2000/7/22】
今日は私のメーラーOutlook Express 5.0の中身の整理をしました。
ヘビーユーザの私は、これだけでも2.3時間を費やしてしまいます。
皆さん、メーラーのログのバックアップは取っていらっしゃいますか?かくいう私もなかなかなのですが、転ばぬ先の杖。
定期的にやっておきたいものです。
さて、不要なDMや、メールマガジンのメッセージを削除したら、データベースのコンパクト化をはかりましょう。
メッセージを削除するだけでは、データベースはスリムになりません。
友人からのメッセージは、交友関係のデータベースになりますから、ある一定の割合で保存しています。
そのために、メッセージのファイルは数10メガにもなっています。
コンパクト化の方法は、optionキーを下げたまま、Outlookを立ち上げます。
すると、コンパクト化された新しいデータベースが生成されます。
念のため、もともとのデータベースも温存してありますが、これは「古いデータベース」や「古いメッセージ」などの名前を付けてくれますから、タイミングを見て処分しましょう。
私の場合、21MBあったメッセージが15MBまで減らすことが出来ました。
私のものは Macintosh 版ですが、Windows版にもこれに準じた機能があるはずです。
また、バックアップを取る場合は、必要なファイルは「microsoftユーザーデータ」の中の「ユーザー」というファイルさえ取れば良いと思います。
(これもMacの場合ですが)アプリケーション自体はCD-ROMなどで入手できますから。
【2000/7/17】
汗だくになって我が家に帰ってくると、なにやら何時もと様子が違う、なんとっ、我が家のお向かいさんがお葬式をされているではないか。
7時を過ぎていたのだが、大慌てで家に入り、実家のオヤジに電話をかけ「今時のご近所の相場は?」と聞くと「まぁ5.000円やな」という返事。
荷物を置いて近くのコンビニまで爆走、黄白の袋を買い求めると近所の視線を横目にまた走って戻り、
持ち合わせがないので我がCrescent Eatersのバンド会計よりお札を一枚借り、筆ペンを持ち「大江」と大書、
次に汗をダラダラかきながら黒のネクタイと数珠を探り当て、ちょっと黴びが来てるかも、の礼服を来て、
フォーマルの革靴を履き(ちょっと埃が・・)なにもなかったように無事にお参りを済ませ、家に戻ると、
うっかりしていたのに気がつき、慌ててキッチンの食卓塩を全身にあびせたのである。
葬儀はちょうど今頃か、11月末から12月のかかりと相場が決まっているが、なぜだろうか。
【2000/7/16】
私の家では「うちは夏でも生成のシャツで、風通しも良いからクーラーいらずです」という何かの雑誌の記事のような状態を期待していたのだが、
やはり風通しはある程度合ってもなまぬるい風、おまけに書斎の南端の部分はトタンのやねにのじ板だけというつくりだからそこの部分が焼け付くと大層暑い。
やはり日常はクーラーのきちんと効いたオフィスで仕事をしているから休みの日にはこたえる。
からだから湯気の上がっているような錯覚にとらわれる。
コープこうべのパンが黴びていると消費者のおばちゃんは怒るが、それよりはるかに自分の落ち度で食材にカビを生やしているに違いないと僕は意地わるくテレビを見る。
とにかくなんでもかんでも加熱するほか手だてはない。
しかし雪印の消費者を襲ったのは菌でなく「毒素」であり、これは沸点では死滅しない。
食品が傷んだり、高温多湿なのは役人のせいでも、政治家のせいでもない。
ただあなたの部屋のクーラーの室外機から繰り出される恐ろしい熱が、あなたの町を折檻しようとしているだけなのだ。
【2000/7/15】
● 今夜もまたこのウエッブの主宰者、おーえさんにインタビューです。
こんばんは。
はい、おかげさまで。
●最近、時事問題で何か。
ええ、「HEY×3」での浜田さんの倉木麻衣への「パクリ」発言ですね。
●ほう。
あれは「二番煎じ」という意味でしょう。
●そうでしょうね。
ああいう、誰もが感じていて、よぅ、またか、程度で落ち着いている事、ですね。
そういったことを改めてテレビで発言すると、謝罪という羽目になる。
肩が触った程度の事で、おう、土下座せんかぃ、まるでヤクザですよね、まるで。
音楽の世界で、ああいうオフィシャルなやり方で相手をやりこめるしかないのでしょうか。
町内会じゃないんだから。
●なるほど。
宇多田ヒカルはね、ベンチャー企業の大ヒット商品ですよ。
ビーイングのアーチストのように、リサーチから生まれた規格商品じゃない。
マーケットと、個性が呼応したというか。
そういう実績があったから、ビーイングも面子というものもあった。
そんでもって、ああいう始末に。
●でも、二番煎じが悪いという話ではないですよね。
そう、ポピュラーミュージックに二番煎じはつきもの。
以前「ケアレス・ウイスパー」猿まね然とした曲が歌謡界にいくつも飛び火したなんていうのが記憶にあるし、掘ちえみの曲にはどのアルバムにもそういうのがあった。
例えわるいなぁ・・。
●ほかになにか時の話題は? 小渕優子。
普通の政治家の卵ならあの年齢くらいに一度担ぎ出されて、そいでもって落ちて「未だ若いんだから勉強して次の選挙で頑張ればよい」とかなんとか励まされて、それで地域で活躍するうちになんとか名前も覚えて貰って、30代半ばにやっと議員のバッジを貰えるというもんだと思うけど、右も左も分からない(とはいえ、阪急電車で又かっぴろげて座っているねーちゃんとは品物が違うのは明らかだが)彼女を、そこまでして担ぎ出すか?出されるか?という一種の異様な雰囲気の中、重荷すぎるのではというあらゆる物を積み込んで船出と相成ったが、果たしてこれでええんかい?と。
●ではおーえさんが地元の人だったら投票していますか? うーむ、それは分かりませんね。
ただ、可哀相なことにならなければ良いと。
ところでうちの選挙区にも民主党から出馬した若い人が居まして、ほんとうに若くて、うちの会社の入社2.3年目の子たちと変わらない。
●小渕さんもそうですね。
で、政治が、もっと私たちの世代にぐーっと近づいて来て欲しいんですよ。
やっぱり一部のマニアックの人たちの駆け引きを遠巻きにして興味なさげにちらちら見ている。
それが私たちの世代の姿なんですよ。
そんな中で私たちの仲間から、明らかに「二番煎じ」ではない、こいつと思う人が踏み出せば、空気も変わるでしょう。
私たちの身近なものに感じて、私自身が変わる。
すると政治が変わる。
どの政党が、というのよりも私は、どの世代が、というところに興味があるわけなんです。
【2000/7/14】
生まれてこの方これほどに梅雨が過酷なものだと思い知った年はない。
そしてその思いはとある事件の勃発で最高潮に達したのである。
私が深夜汗だくで睡眠を貪っていたところ、突然激痛が右の耳を走った。
私はいずれ起こるであろうと悟っていた事態があまりにも早く訪れたのを瞬時に感じ取った。
ムカデに耳の柔らかい部分を一撃されたのである。
うちは再生民家であるが、昔のままの部分が屋根周りにあり、それが仇となって虫の類と同居する羽目となっているのである。
その中で梅雨のじめじめとして暑い時期にたまにムカデを見かけるようになった。
この間は寝ようとして電気を消したところ、私の頭上にポットンと落ちてきやがった。
どついたろか!と思いながらも私は冷静を装い、彼に成仏願っていたのだが。
ムカデの習性を良く知るものなら良く分かるが、やつらはつがいで行動するのである。
その片割れだったのかどうかは分からないが、兎に角痛い。
以前にも実家で同じ目にあったが、今度は耳だ。
しばらくは痛みもあって眠れなかったが「もうたまらんわ!」という思いから、iMacを立ち上げてムカデの退治方法をネットで調べはじめた。
そこでこういうものを見つけだしたのである。
http://www.jin.ne.jp/ibr5310/index.html
これは神戸のアイ・ビー・アールという会社が販売しているピレスロイド系の殺虫剤ペルメトリン(パーメスリン)を石灰砂と混ぜ合わせたもので、インターネットで注文すると、次の日の夕方には早々とヤマト宅配のおっちゃんがミカン箱程度の大きさの段ボールにドバッとその砂のようなやつを入れたのを運んできてくれた。
送料込・税込で5040円。
安くはないが、一キロ500円と考えれば如何だろうか。
とにかく可成りの分量だ。
そこそこ撒いても一割も使っていない。
因みに人体にはほぼ害はないそうで(とはいっても矢張り生体にはよからぬ代物であろう。
殺虫剤なのだから)家の周りや、ムカデの出そうなところにバラバラと散布しておくだけで大丈夫。
お陰でそれからは一匹も見ていない。
庭に多数いる団子虫も相応に数が減って一安心。
効果覿面。
困っている人は試してみられては如何かと。
次の日耳が腫れてきたので医者に行ったところまずは心配なしということだった。
耳は軟骨があるだけで、デリケートな部分なので、少しキズがいっただけでも大袈裟に腫れるときいた。
膿が出たりしたらお医者さんに行かなければならないが、私の場合そういう事はなく、腫れも四日目にはほぼひいた。
予防策は取っていても就寝時には気味が悪い。
あー、もうこりごり。
【2000/7/6】
愛したり愛されたりという事自体の価値観は人それぞれによってさまざまであるが、ふと思うにそれは「こだま」のような響きがもっとも良いように思う。
沈黙を守っているならば、それに相応しく静かに息を数えて、自分を押し売りに来るようなことはしない。
お喋りしたい時には、相応にお互いの声を消さぬ程度の声調で会話が出来る。
ひとつのタイプとして「空気のような間柄」というのがあるが、まさに空気のように自然で、必要不可欠な存在になれるかどうかに、かかっているように思う。
禅の世界においての「無」とは、私は時に「無我」という言葉に置き換えてみるが、物事にとらわれず、またこだわりもしない穏やかな気持ちを作り出す事が、強いてはより高邁な人間関係を維持発展させてゆく材料になる。
相手の事を思いやることは大事だが、それに託けて自分を過度に売り込み、頼まれもしない場所へ踏み込んで行くことは、時に相手の立場をより一層追い込んで行くことになる。
お互いに心して行かなければならないのだ。
と、言うことを思いながら、ここしばらく平穏な日々を送っている。
とある人のお陰である。
【2000/7/1】
休日のお昼時というのに、ものすごい暑さで何もする気がしない。
そういえばきょうは気温が34度になるとかいってたなぁ。
とりあえず昼なので、冷やしうどんを作って食べる。
先日実家に寄ったときに「これもってかえるか?」とオヤジに持たされたものだが、賞味期限が96年と書いてある。
そこのあーた、 2096年ではありませんことですよ。
そんでもって喰えないことはないが、妙に麺に腰がありすぎる。
薬味になるはずのおネギは庭で先ほど萎れてギブアップしていたのを私は知っているし、
味付け海苔は湿気で一枚ずつに分離できない状態に陥ってしまっているのも知っている。
もーいや。
なんとか流し込んで、作り置きしてある麦茶に口をつける。
味が微妙にオカシイ。
くそー、やはりクーラーが必要か。
実は実家に取り付けてあったものがあるのだが、移設する費用がない。
車検の代金も払えていない。
今日の所は、クーラーの効いた阪急の駅の待合室で本でも読むしかないようだ。
誰か助けて。
【2000/6/1】
蕎麦という食べ物はドラマティックである。
うどんもなかなかの役者だが、蕎麦にはかなうまい。
中島みゆきの歌に「蕎麦屋」というのがあるが、これは「うどん屋」や「牛丼屋」ではきっとまっとうな歌にはならなかったはずだ。
ヘヴィーな「うらみ・ます」ばかりがあの「生きていてもいいですか」の印象として取り上げられるが、トータルアルバムとしてのあの中で、不思議にドライで、螺子を緩めるようなあの曲が逆に作品の全体を浮き上がらせている。
「蕎麦屋」というタイトルがあまりにも滑稽で、何故かノスタルジックであるが、懐古という所作を離れて、蕎麦屋は、思いの外無為であり、歌の中で情緒的に際だっている。
宇多田ヒカルならばきっと「蕎麦屋」なんて曲は作らないだろう。
こういった物語はどうだろう。
人類最後の日が訪れることになって、前の日の晩、男はふらりと町に蕎麦を食べに出かける。
この騒ぎで町も人影は疎らで、なぜか不思議に店を開けているそば屋の暖簾を潜る。
出てきた蕎麦の、ツルツルとした喉ごしといい、歯でぷちっと切れる感触といい、懐かしい昔と変わらない。
湯気の中で男は楽しかった子供の頃や、好きだった女の子たちのことをひとつひとつ思い出した。
帰り道、人類最後の蕎麦を食った男は、明かりの落ちた暗く大きな河の直ぐ側で、心のままに行き交う無数の蛍を見た。
途切れとぎれの弱々しい光のひとつひとつに、男はぼんやりとこの世の中の名残を惜しんだという….。
【2000/5/28】
土曜日の大阪。
はき慣れない運動靴で足の指の痛みを気にしながら、立ったりしゃがんだりを繰り返しながら歩いた。
アリのような渦のような人混みを目の当たりにしながら、受け入れたり捨てたりしながら考えた。
「自分はなんてありふれているのだろう、平凡なこの中の一粒にすぎないじゃないか」「自分がもし消えても、この人たちは何の衝撃も受けないだろうな」そんな中で何かを奏でるというのは、やはり自分はここに生きているという自己主張であって、非常にわかりやすい手段なんだよなぁ。
自分はどこに向かうのだろう。
そんな疑問はこれでもかというくらいに有り触れているが、受け入れられないものばかりをもてあましているひねくれ者のように毎日が過ぎて行き、そうして年老いて行く。
悲しみはつねに新しいものに入れ替えられて行くばかりだが、例え天涯孤独でも決して負けるわけにはいかないのだ。
【2000/5/14】
最近仕事の上で銀行オンラインのための勉強と実務に携わっています。
最近は一般向けのインターネット・バンキングサービスも順次導入されているのですが、法人向け(ファーム・バンキング=FB)となると、少し傾向が違うのです。
今日はこのへんのお話を。
全国の銀行のオンラインは「全銀」と称される独特の通信プロトコルで運用されています。
従前からこのネットワークに相乗りする形で、「パソコンバンキングサービス」が提供されてきました。
以前は「半二重」と言われるファックスモデムなみの通信速度しか持たない特殊なモデムが必要とされてきましたが、ここ三年ほど前から、「TCP/IP」手順と言われる、つまり私たちがインターネットに用いる設備をそのまま使えるような環境が整備されてきました。
銀行とのオンラインをする上で「全銀」のほかに「ANSER」と言われる手順があります。
ANSERはNTTデータ通信の運用している、いうなればオンライン決済用の巨大な共有サーバみたいなものです。
銀行のほかにチケット販売、クレジットカードの情報がこのシステムを利用しています。
わたしたちユーザは、銀行と契約して、このANSERを利用してでも自分の口座の照会や残高確認、振り替えや振り込みが出来るのです。
「全銀」は電話回線を利用して、各銀行のホストに直接ログインするやり方ですが、ANSERはそれぞれの銀行のアクセスポイントを経由して、NTTのほうへ接続することになります。
ANSERのメリットは、その時々の情報をリアルタイムで呼び出せる事です。
全銀手順ですと、銀行のホストの更新の時刻まで待たなくてはなりません。
ある程度の会社になると、複数の銀行口座を運用しなければなりませんが、ファームバンキングに置いては、スタンダードと呼べるソフトが存在しないというマカ不思議(各銀行ごとに違うソフトを用意している)な事情もあり、例えば、規格は同じなのだが、たとえば認証パスワードひとつとっても、それぞれの銀行のもので全然呼称が違うのでユーザにとっては実にわかりにくいものなのであります。
その中でも都市銀行は「窓口業務負担の軽減と人件費削減によるスリム化」のために、窓口の手数料を値上げする反面、モバイル・ファームバンキングの段階的値下げを行っているようです。
例えば東京三菱ではソフトを無料で提供したり、住友銀行ではソフトの操作方法説明会を無料で開いたり・・といった取り組みが見られています。
ユーザにとってはやはりFBにおいてもDefacto Standardとなりうるシステムが必要であると思います。
せっかくプロトコルが同じなのに、運用形態が違うばかりに利用者には理解し難い….「標準」が生まれれば、相応しい常識が生まれます。
あらゆるユーザが、窓口を利用しなくても快適な銀行サービスを受けられるようになるには、サービスの入り口でけつまづかないように、それなりのエスコートが必要であると思うわけです。
【2000/5/7】
今日で連休もおしまい。
今日一日の予定は真っ白であります。
しかししかし、今日は今日しかない。
今夜は今夜だけ、BY白井貴子(笑)お掃除もするし、買い物も。
朝風呂もするし、今後の予定の確認もしなきゃ。
ウクレレの練習とか、作曲とか。
冬物の片づけもまだだし、まぁいろいろとある。
休み然とした休みもこれまた必要也。
【2000/5/3】
報道を賑わせている17歳少年の殺人事件ですが、昨今の少年凶行についての顕著なモデルであると思われます。
「どうして??」と社会が少年の心理をアナライズしようとしていますが、いずれにせよ平和な毎日を送りたいと心から願っている私たちには恐いことです。
極日常的な風景の中、一件の民家をふらり訪れた少年が、初対面の主婦目がけて首から上を数十ヶ所もメッタ刺しにする光景というものは、考えただけでも身の毛が弥立ちます。
被害者だけでなく、遺族の人生も、心も、めちゃめちゃになってしまいます。
殺すだけなら未だ知らず、それだけ人間を痛めつける衝動は何だったのでしょうか?でもそれは、彼にとっては彼言うところの一つの経験だったかも知れません。
授業を受けたり、クラブ活動でラケットを振るのと同じ動機や、感覚や、レベルで凶行をしていたのかも知れません。
その至極当然という不気味さが、もっとも危険であると思います。
良くできた精巧なモデル、そういったルックスをしていて、どこか壊れている・・そういった少年たちがまだまだ社会にいる訳です。
私たちは、一見成績素行優秀な生徒を捕まえて、凶行に及ぶ前に何らかの措置が執れるでしょうか?取れるわけはありません。
そういった危険を交わして行くしかないのです。
悲しいかな、自分の身の安全は、自分で確保するしかないのです。
兎に角、厭な出来事です。
【2000/5/1】
あー、このまま休みに入りそうな気がする。
まだまだ、あと一日ね。
昨夜、友達の女の子と、あとその子の友達の男女と、丹羽君という比較的壊れた音楽をやっている男の子と七条の「畳」という店でお好み焼きを食べていた。
そこは、関西では珍しくもんじゃ焼きを食べさせるところで、私は興味津々で丹羽君ともんじゃ焼きを注文したのだが、あのようなものは庶民的なものだから、道義も、作法もへったくれもないと思っていたら、さにあらず、紺色の作務衣のようなコスチュームの女の子が、手際よく、カラテのように「うちのもんじゃ焼きを喰らえ!」といわんばかりの圧倒的な迫力で、その質感をあますことなく体感させる作品を叩き上げるように作り上げてくれたのである。
私たちはその情熱故に打ちひしがれて涙を流しながらせっせとコテを動かしていたのであるが、感想は、「喰って納得~」というものだった。
ところで、男女の間柄で、二人だけでお好み焼きの熱い鉄板を挟めるようになったらしめた物だと思う。
ソースやらアオノリやらのこびりついたコテで、互いのお好み焼きを形良く切る。
ビールは暖まらないように机の脇に置き、少し焦げ付いた焼きそばの残りの分を行儀良くまとめ、自分の分と、相手の分とに分配したりもする。
その触れあいというものはそもそも麺類にも洋食にもない形のもので、いうなれば鉄板の上は精神のもとに共有化されたひとつの小さな宇宙ともいえる。
とある雑誌に「お好み焼きに誘われたら好みの下着をつけていこう」というコラムがあったが、さっき暖簾をくぐって帰って行った男女のその先の、青黒い闇のその下には果たしてどういう世界が展開していくのだろうか。
大きなお世話か。
【2000/4/30】
● 今日もまたこのウエッブの主宰者、おーえさんにインタビューです。
こんばんは。
ども。
●今日のおかずはなんでしょうか? これですね、これ「エブリリトルシング」って書いてある。
●ほう、レンタルCDぢゃないですか さよう、若い人の聴く音楽もチェックしておかないとね。
●で、どんな感じでしょうか 「カーステ」って感じですね。
●持田君についてはどう思いますか? ええっと、持田真樹と勘違いしていた。
最近会社の女の子にいろいろ「おやぢ」ってよく言われます。
だからコンビニとかでメンズノンノとか買ってチェックして。
あー、持田香織ですか、なんか、カニバサミしたい衝動に駆られますね。
俺はかに道楽だ!文句あっか!って。
で、もし自分が年下で、「おねえさんが教えてあげる~」とかいって手を引っ張られたら、そのまま関節を全部はずしてなすがままに引きずられて行くと思います。
●メンノン読んで服とか買うんですか? いや、カップめんの蓋にする。
●ページはめくらずに? 男の子のモデルって変わったね、近来。
みんな細いですね。
顔もきれいだし。
細い事に関しては負けないのですが。
僕は、服飾に関してはどっちかというとあまり強くないというか。
●ファッションについては何か一言。
いやー、俺って常識ないし、だめですよ。
そういう事聞いちゃ。
でもああいうものって、すっごく高くていいものか、非常に安くて賢い買い物かしか、面白くないでしょうね。
中庸というのが、一番納得がいかないのではないでしょうか。
あの、おしゃれになったら、ちょっとはもてるかな。
●さぁ、どうでしょうね。
それでは言い残したことを聞いて終わりにしましょう。
若い女性との距離感を自覚した時点で「おやぢ」は始まりますね。
実質的にはなにも変わらなくてもね。
フォーエバーヤングなんていっている人に気持ちが若い人なんていないですよ。
でも若い連中が定義しているおやぢなんて亜流ですよ。
社会のシステムがおやぢを大量生産しているんですよ。
だからこれからのおやぢは社会とか、家庭とかの別に、なんでもいい、もう一人を自覚できる自分を持つことですよね。
強靱な大人になることです。
【2000/4/29】
我が家のサッシ(オールド・プレミアムバージョン)のクレセント(半月形の鍵の事)がとても固くて、わざわざペンチを使って開け閉めをしていた。
最近近くにできたホームセンターコーナンに朝寄ったので、部品を代えようかな、と思い立ったが、準備の悪いおおえさんらしく、予め寸法もなにも測ってはいなかったので、これまた諦めて帰った。
コーナンに寄った目的というのは、ロフトへの昇り梯子の接地部分にキズ止め・滑り止めのためのゴムをはめたかったのと、カーテンの帯かけをつけたかったのだ。
さて家に帰り梯子(山科の「ガラクタ商会」で買った、昔ながらの木のシブい梯子)の接地部分を鋸で切り落としていると、テレビには内村とケティが社交ダンスでルンバを踊っているのが目に留まった。
17歳上海出身のケティが、短時間の芸能生活の間に、すっかりセクシィに生まれ変わっていて、その表情、挙動のひとつひとつに鋸を動かしている僕は素直に感動し、なおかつ勇気づけられた。
ケティのお陰で順調に梯子には滑り止めのゴムがネジ止めして固定された。
ついでに、クレセントのほうも、ドライバー一本の調整で嘘のようになめらかに動くことが判明した。
営繕のまねごとを長らくやっているとつくづく思うのだが、プラスのドライバー一本でどれだけの事が解決できるかを知るべきである。
ネジを締まり具合を心配りをして絶えず確かめる事が、設備管理に置いても、昨今の政局運営についても、男女の間柄に置いても、侮るなかれ大変重要な事だと思う。
素晴らしい天候だ。
空が高い。
マイブルーヘブン。
【2000/4/27】
ええっと、今日はアナタにアニメの主人公になっていただきます。
銀河鉄道999の鉄郎です。
文句はこの文章を読み終わってからにしてください。
それからでも遅くない。
苦情は受けます。
TVアニメ盤の999の客車が見るたびに客車の細部(扉の位置や座席の形状)が違っていたとか、そういうことをいっているんじゃないんです。
もしかしたらあなたは、「なんで優等列車なのに、途中の駅に24時間以上も停まって居るんだ!」なんて小さな事に拘っていませんか。
そんなことではお母さんに巡り会えませんよ。
あっ、そうだ、以前ありましたよね。
「999時刻表」買ってはみたものの、マニアックなものではなくて、てんででたらめな八百長某プロレス状態でした。
精巧で高信頼度のものをお持ちの方、一度見せていただけませんか。
【2000/4/26】
このような日誌の登場によって私の日常は以前と違うニュアンスを持ちはじめているのです。
だいたい日記なんてもんは旧来は人に見せるために書くなんて大馬鹿なことは昭和の賢人はしなかったはずじゃないですか。
えっなに、日記文学、いえ、それと「茶坊主日記」を一緒にしては罰が当たり、ありぢごくに落ちるという物でしょう。
違います、なにが言いたいかというと、クーダラナイ日常を題材にするために、もう会わなくなったような人が私の些細なこと、たとえばカットにいってミントのシャンプーをしてもらってくらくらしたりただならぬ気分になったとかならないとか、そういう事まで知っているという不思議さ。
久しぶりに会ったヒトに、会っていきなりもう話すことがなかったりして。
そんなことねーか。
ウエッブは会いたいヒトとの距離を埋めるのに有効なひとつのツールですけど、感動をもたらすためのディスタンスというのをいかに演出するかということも昨今の一つの関心事になってくるわけですな。
【2000/4/21】
日本のミナサン、コンバンワ!ちょっと冷えるので、毛玉だらけの電気あんかの上に足をのっけながらこれを打っています。
グワシ!カセットデッキの中では、 TDKのD-90といういかにも古めかしいテープのハブがくりくりと回り続けています。
キイキイと音も立てます。
曲は「恋のハッピーデート」あのノーランズのカバーでして、歌は、巨匠、石野真子。
彼女のベストトラックといえば、やはり「狼なんか恐くない」でしょう。
きむずかしやのあなたも、堀池の中将も異論を唱えない筈です。
彼女の作品の中でひときわ印象に残っている曲と言えば、これは「お嫁にもらってくださいませんか」という曲。
アルバムの中の曲なのか、B面なのか、能面なのか、乾麺なのか、もう分からない。
たとえB面でも、ビートルズのシングル盤のBサイドのほどの価値はないし、知名度も「およげ!たいやきくん」の数万分の一に過ぎない。
タイヤキの質量からしても、もしかしたらピコグラム級のものかも知れない。
それでもひときわ今なお無意味な天使のような輝きを放っているのはそのタイトルでしょう。
いま石野真子に口元のキバをきらっと見せられて、なおかつ「お嫁にもらってくださいませんか」とブツケられて、豆腐の角で頭を打って目出度く失神するやつなどいないが、それでも、何かわすれな草のように気になるタイトルだ。
「お嫁さん」という響きが、α波を発生させる、秘密の符号のようなもの。
実は初恋の相手にもそんな事を言われた記憶が。
今でも、お嫁ちゃんにして、とぷるぷるっとした感じの酷く年下の女性に言われたら、マジに動揺して、北国宛の年賀はがきを全部マウイに送ってしまう老年の郵便夫のような失態を演じるかも知れない。
殿様キングスのように身も心も捧げてしまうかも。
まったくもって、女って罪なものよね。
白熊よね。
鞍馬天狗かもね。
寝よ。
【2000/4/16】
日曜日の昼下がりである。
お気に入りのボサノバのCDなんか聴きながらキーを叩いているところ。
お茶でも淹れるかな。
よく、メーリングリストの書き込みの末文なんかに BGM:「Rock steady」By sting とかやる人がいるのは、あれはどういったまじないなんでしょう。
文字の上をクリックしましたが、何も起こりませんでした。
・・ところでGLAYって何がグレイなんでしょうね。
ZARDってなにを持ってして「ざーど」なんでしょうね。
BZはなぜ「ビーズ」なのかなぁ。
そういや、命名って、みんな、あまり拘らないですよね。
どういう意味かって。
車の名前とか、Jリーグのサッカーチーム名とか、意味が不明なのが多い。
そんなこといって、お互いの足のクサイのを隠そうってたって、そうは問屋がおろしません。
それに比べて食品における「本みりん」とか、「ヤマザキレーズンロール」とか、これはいいですね。
良い命名です。
わかりやすいし、必要な点は全て満たしていて無駄がない。
さらにスーパーにおいては「カボチャ」「さば」など、ますますスリムでしかも新鮮で安い。
バンドも、品質表示と同様に命名由来を義務づけるべきです。
SMEの人たちにも気づいてほしいのです。
議員のみなさん、法制化に向けて頑張って下さい。
私もその日まで闘います。
【2000/4/15】
大江さんの後頭部、無断で京都新聞に掲載、大江さんは告訴も辞さない構え。
京都新聞社主催の「マルチメディア懇話会」に過日出席した大江氏は新聞社のカメラマンに無断で大事な後頭部をフォーカスされた。
これについて大江氏は「こんなことになるなら三つ編みにでもしておくべきだった。
章造権の侵害だ。
告訴も辞さない」と怒りの声をあげている。
また「告訴は取り下げてやるから、写真の無断ホームページ掲載については一切言うな」とも言っている。
周囲は、ひとときの戯れと静かに見守っている。
・・実はネタが古い(3年以上前)のですが、敢えて掲載。
あとNHK「ひるどき日本列島」の画面にわざわざしゃしゃりでた前科も。
【2000/4/12】
見ただけでは何のことか訳が分からないだろうが、つい最近ダレスバッグを買った。
ダレスとは口枠のことだが、このカバンは、真ん中が仕切ってあって、要するに左右両開きの口枠バッグなのである。
電車通勤になってからというもの、持ち歩き安いカバンが猛烈に欲しくなっていたのだが、新京極のVIVREでこれに遭遇してからさらに気になってしまい、二回目に足を運んだ時にはしっかり手に入れていた。
お陰で通勤が楽しくて仕方がない。
A4判が遊ばず収納できる小気味よい大きさで、片方にはCDウオークマン、もう片方には社用の情報端末を収納してごっきげんである。
私にとって良いカバンの条件は、使い心地もさることながらファスナーやベルトの金具などの部品がしっかりしていて、足下に置いたときにフニャフニャとならない事だ。
カバンのメーカーはバギーポートといって、値段は¥19.800(税別)。
【2000/4/2】
きょうはやっと手に入ったお給料の一部を財布にねじ込んで伸びた髪をカットに出かけた。
シャンプーの時に、シャンプーを変えてみた、とのこと。
ラベンダーとミントの香りの二つがあるのですが、と店の女の子が尋ねた。
うーむ、香料を扱う仕事に就職して十余年、自分の香りというものを意識したことがなかったのであるよ。
私は少し考えてミントと答えた。
理由は、グリコ森永事件の少し前、グリコスカイミントというお菓子がお気に入りだったことを何故かその時思い出したからなのだ。
確か岩崎宏美がCMに出演していたはずだ。
店内にはカーペンターズが掛かっている。
あたらしい季節を新しい髪型でスタートを切ろう、という女性で店は満員である。
つい2年ほどカーペンターズがちょっと流行った頃に、「またブームでなんて嫌だなぁ」と思ったけど、作品の立場から言えば、いつまでたっても、思い出したり、口ずさんだり、また新しい人に会って好きになって貰えたりすることが、希望とするところではないでしょうかね。
【2000/3/27】
そうそう、近頃の印象と言えば、本場所の貴闘力の優勝かな。
涙、涙のインタヴューを見てと「いい男がめそめそとなんだ」と言われるだろうが、彼の脳裏をかすめているであろう、多くの出来事が余計そうさせるのだと思う。
奇しくも?僕と同じ35歳。
そして先日引退した若乃花は29歳。
僕もいつまでも現役という二文字の上に胡座をかいているのか定かでないが、一つ一つの勝負の積み重ねが必要不可欠なのだ。
貴闘力、おめでとう。
【2000/3/28】
●今日はこのウエッブの主宰者、おおえさんにインタビューです。
大江さん、こんばんは。
はいっ、ども。
●朝の過ごし方について教えて下さい。
ええっと、6時45分の目覚ましで起きます。
5分間、布団の中に籠城します。
たまに、風というグループのとある歌のくだりを思い出します。
「あと五分だけの幸せを誰もが知ってる」という。
●へえ。
チャンネルはNHKをかけるのが大江家のならわしなので、そのように。
早起きのクボジュンの衣装をチェックするのが日課です。
それで、「けっ、ヒンソな乳じゃ」と罵ってテレビを消す。
●毎朝ですか? そうですね。
● 最近嬉しかったこと。
会社のラブリーな女の子にカレーを貰ったこと。
バカウマ!というよりはなんか、家庭の味がして、しみじみと味わって。
●いいんですかぁ、そんなこと書いて。
いいっす。
会社の人間はこんなとこみませんからね。
●近頃気になることは? モーニング娘。
あと、横山ノック。
●なぜですか? うむ、事の真相はということかな。
●ノックさんはクロでしょう? いや、ノックが太股を触ったのと、クスリをやっている芸能人とどっちがワルかという事を考えると。
もっとワルとの待遇の違いは、やっぱり知事としての節度が求められたのでしょうね。
ノックがシラを切ろうと切るまいと、知事としてはあそこで終わりだったでしょうね、でも、クリントンとノックとの違いは、なんなのだろうと。
●ではノックさんは運が悪かったと? いや、そんなことはありません。
●モーニング娘は? だいたい、モーニング娘。
とはなんなのだ、その「。
」はなんなのだ。
タコか、魚の目か?命名の語感は「ファッションヘルス」に似てますね。
ファッションも、ヘルスも、意味合いとしての使命を初めから期待されていない、持たされていない。
モーニングも、娘も。
つんくの作風も、なぜいきなり変化したのか、という。
●でも、それはあまり問いただしても意味がないでしょう。
あなたの言うとおり。
「ラブ・マシーン」は良くできた曲ですよ。
やはり、カラオケのマーケットに即応できるのが、現代のヒットメーカーの資質であるということを、クールに見つめている気がしますよね。
MAXじゃやはりだめだ、ということですか。
●今後、どういう方向に日本は進むべきだと思いますか? バブル崩壊の後遺症ばかりが景気の沈滞ムードを作ったと言いますが、やはり先行き不安についての消費マインドの落ち込みが大きいと思います。
私がこれほどに散財して苦しいやりくりをしているのに、消費マインドうんぬんと言われると腹が立ちますが。
それほどに、せっせと貯め込んでいる一群があるのですね。
今後、少子化の傾向に拍車がかかりますと、次第に若い子が減って、ジャリ向けの音楽は売れなくなります!ってなわけないか!でも、日本の人口が減少すると、若年層の世代に重い負担が掛かりますからね。
だから今からいろいろとご馳走とか食べさせて、ゴマもすっておいて、弱みとか握って置いて、子分にしておいたほうが絶対いいですよ。
でないと後悔します。
まぁ、それはさておいて、限界は限界と悟った方がいいですね。
何もかも。
それと、フェイクはいずれ商売にならなくなる。
それを商売人は気づくべきです。
●最後になにかメッセージを。
とにかく、情けなく、うしろめたくても、石を投げられても、しぶとく生きて行くことですね。
僕みたいな奴は、もしかしてクズじゃなかろうか、って何度も思います。
分からないから教えも乞うし、メソメソと、ついつい身体だけのやりとりにも走ります。
やはり俗世間に生きる卑しいもの、だからこそ、間違ったこともいうし、するし、だらだらと、誰かにもたれ掛かり、汚し、憎まれもします。
誰もがとは言わないまでも、僕はそういうところに生きています。
支離滅裂なその中でたった一つ、底のほうから、まぶしく見える、真実という物を誰よりも恋いこがれているのは、実はそういった人たちであるということも、言えると思うのですね。
で、自分は、生きて行きます。
たとえ、汚れていても。
この先何も変わらないと思うし。
やはり自分は結論からいって自分を捨て去ることなど出来はしないのだから。
【2000/3/26】
もう、まったくもってくだらない話だが。
80年代のアイドルのデビュー曲というものを今更ながら考えてみると、
そのそれぞれには「清純とヨゴレ」という二つの相反するテーマによってサシ抜かれていたと言っていいと思う。
そこで私がポンと膝を叩いて想起するのはヨシヨシ・ナオナオの(80年代ふうにゆうと)マブダチコンビの二曲である。
柏原よしえの「NO.1」という曲の冒頭は、こんなふうであったと思うが、
おとこの言葉はピストルのようにドレスを一枚脱がしてしまう
このくだりは、なんともはや、焼き肉のはや、凄すぎる。
アイドルのデビュー曲がいきなり「あなた」とか「彼」でなく「オトコ」であった。
これを聞いた当時の僕はぶったまげた。
雑誌のグラビアで瓜のようになまめかしいビキニの姿を見て、このピストルというものが何を比喩(暗喩)していたのか、これはいまだ謎である。
柏原芳恵と名前を変えてから中島みゆきの「春なのに」でヒットを飛ばしたが、あの歌のAパターンの繰り返しで、
極端に歌い方をコロコロ変えてみせるのはなぜかなぁ、とまた悩んだ。
それはそれでいいのだが、さらなる問題は河合菜保子である。
「大きな森の小さなお家」とはそもそもなんなのだ。
ビートルズの「ノルウエー家具調の部屋」のむこうをはったのか定かではないが
だれも触ってナーイナーイ、ナーイナーイ
とはどういう事態をさして言うのだろうか。
やはり別冊近代映画に問題があったのだろうか。
私のイメージするアイドルのデビュー曲最終便は吉田真里子の「とまどい」である。
曲中に語りを挿入する手法(伊藤つかさや堀ちえみが連発していた)は、私としては、この時点で打ち止めとなったと思うのである。
大江思うに、「アイドル歌謡はポルノ小説の暗喩」である。
うーむ。
くだらん。
介護保険制度がスタートしようとしている時にこのような事を言っているようではまかりならんのである。
アイドルについてはよりその道に精通されたマニアの方がネット上にはいらっしゃると思うので、
上記、間違っている点があれば、ご指導、ご鞭撻いただきたい。
【2000/3/24】
先日、帰りの電車に揺られていると向かいの席の親子のやりとりが聞こえて来た。
母親と、小学校2年くらいの男の子。
電車は東向日の駅にさしかかった。
東向日にはサティという大型のスーパーがある。
「おかーさん、だいたいあのサティはね、野菜ばっかりや、生活用品も、あまり使い物になるもんがない、あれは、あかんわ。
野菜はやすいけど、大したことないで」延々と講釈が続き、
さらに大声で「おかーさん、キャベツとかなんぼかってんの、150円くらいか?」僕は無表情に聞いていたが思わず口元が笑っていたのを母親は気づいて
「男の子がなぁ、野菜の値段なんか気にしんでええのん」と恥ずかしそうにいうと、次の駅で降りた。
あれからキャベツを見るたびに、あのひねくれたガキの事を思い出して可笑しい。
もしかして、近所のおばちゃんの言っていたことを覚えていて、テープレコーダーのように再生していたのかも。
僕は野菜の大半は、近所に100円でけっこういろいろと手に入るところがあり、そこで買っている。
値段は、やはり気になる。
付け加えるならば、野菜の値段の相場なんて、一人暮らしをする33歳まで全然知らなかったのだ。
名誉のためにいうが、ここ近隣でサティほどいろいろそろっているところはないし、売り出しの時になると、賢い買い物が出来る。
野菜も悪くない。
【2000/2/12】
またも土曜日。
かねてから機会をうかがっていたのだが、この日と決めて、大阪へ中古CDを漁りに行くことにした。
まずは、淀屋橋を降りて、いつもの中央公会堂の地階の食堂へ、と思ったが、なんと再生工事でクローズド。
4年先まで待てということだが、それは待てないので諦めて心斎橋へ。
・・しかし、あの中之島の中央公会堂の地階食堂とは・・私が捨てられない、とって置きたい古き良きオーサカそのものであった。
もしそれをレトロと呼ぶならば、ちょっと違う。
レトロと呼ぶほど洗練はされていない何かがあった。
多分、リニューアル後は、それなりに雰囲気が変わってしまうだろう。
惜しいことだ。
心斎橋の駅をおりると、バレンタインデー直前ということもあってか、そごうの玄関口で、きれいな包みに格納されたそれを朗らかに売っている店員さんの姿が目に入った。
地下食料品を横切るくらいであるそごうだが、大食堂で昼食をとってみることに決めた。
12時過ぎということもあってか、お客さんはそれなりに座席に着いているが、それでも四人掛けのテーブルを一人で占領しながら、速攻メニューのハヤシライスを注文。
ほどなくサクラ漬が添付されたあまり熱くないものが出てきた。
ちょっと甘い。
庶民の味かな。
それにしても・・天井に張ってある壁紙のようなものは陽に灼け、蛍光灯が醸し出すその退屈な場面は、もう百貨店の時代はおわったのかしらん、と錯覚してしまう。
もう大阪の紳士淑女は心斎橋に買い物になぞ来ないのだろうか?中途半端に土曜日ということもあるが、店内はあまりに人影がすくない。
京都の大丸や高島屋がそれなりに賑わっているのを見ると、やはりこの店は寒すぎるのとちゃう..?と思ってしまう。
一服をして、屋上に出てみた。
天気は晴れだがまだ肌寒い。
ガランとしたその中に稼働していないゴーカートが数台、無意味に行儀正しく、規則正しく並んでいた。
子供の遊ばない遊具やゲーム機のアラーム音が、都会のなかにすっぽりと切り落とされた空間の中に響き渡っていた。
※この後暫くして大阪そごう閉鎖のニュースが街を流れたのは周知の通りである。
【2000/2/5】
土曜日。
お休み。
晴れ。
まる。
日差しは春と私たちの距離が少しずつ縮まっている事を教えてくれる。
友よ、拘らず生まれ変わろうぜ。
【2000/1/24】
深田うんぬんの話を会社でして居ると先輩氏「深田は水泳部だから、さぞ肩幅が広かろう」なるほど、たしかに言われてみれば。
踏水会でよく見かける選手風の女の子が、みな体毛がなく(水で擦れるから、という。
いえ、全部ないとは初めからいっていない)ツルツル、テカテカしていたのを想起させる。
なるほど、そうか、とポンと膝を叩いて、夜の外灯のむこうに男は消えていったのである。
一人暮らしを初めて明日で満二年だ。
その記念というわけではないが、都雅都雅で「浜田裕介」ライブ。
多数来てくれ。
【2000/1/23】
マックの結線を少々整理(完璧ではないが)したので、ついでに、iMacのデスクトップも変えてみた。
インターネットからダウンロードしてきた深田恭子クンの画像だ。
白く泡立つ波打ち際で黒い水着でこちらをバッチリ睨んでいるというもの、デスクトップから見られるというのはなんともいえないものがあるので、最終的にはもうすこしあっさりしたのに変えてみた。
これさえあればもうなんにもいらねえ、というデスクトップ(の壁紙)にはなかなか逢えないものだが、マシュマロのような白くまばゆい肢体の曲線をみるにつけ、神様はオンナっちゅうもん・・なんというすさまじいものを創造されたかと思うのだ。
こんなのにとっつかまったら、男は一生哀れで卑しい奴隷である。
邪念という足かせをひきずりながら、きょうも野郎のごく一部のうちの一人が台所で、寒さに震え上がりながらじゃがいもを煮たり、ばら肉を炒めたりしているのである。
さぶっ。
春よ来い。
【2000/1/17】
これだけ大きさが違っても扱える原稿はともにA4サイズ
あたらしいスキャナを買った。
左のものは長らく(といっても3年強)お世話になったエプソンのGT8500であったが、何分SCSI規格のため新しい iMacには直に接続できず、イーサーで繋いだ6300/120で一旦画像を取り込んで転送するという面倒臭い作業を余儀なくされていた。
後継機はキャノンのCanoscan FB636Uという、いわゆる汎用機であるが、これがなかなかに使いやすい。
実は購入したのは去年の年末で、職場に置いて二週間ほど使ってみた、フィーリングがなかなかよく、操作も簡単、画質もオッケー、USBなのでパッシブ、軽量、動作が静かで薄型、値段もリーズナブル(一万四千円)とあって、緊縮財政の大江さんにも無事迎えられることと相成ったのである。
(会社では業者の名刺をスキャニングしたりしてデータベース化に成功した)しかし、しかしエプソンのスキャナは「長いこと使えるように少しでもいいものを、と投資したつもりで買ったものである。
パソコンOA機器関連は資産価値などないものだ。
近年のパソコン税制が行われる前は10万以上20万円までの品物には「少額償却資産」として三年で償却しなければならない事(もちろん通常の償却も選択できた)とされていたが、三年償却さえももたないのがパソコン機器の進化の現状であると思う。
【2000/1/16】
バンドの練習後、練習スタジオでダダをこねてギターをむりやり置かせて貰って町へ出た。
1月のマイブームとなっているのは、中古レコードの処分品の中から宝を見つけだすことである。
これには訳があって、実はマンションに居住している時代に狭いラックに電子レンジとカセットテープを近い場所に詰め込んでいたためにどうやらその影響か、はっきりしないが、要するにテープが殆どダメになってしまったのだ。
タイトルにして510枚分であるから、はっきり言って録音もかなりの大プロジェクトになってしまうのだが、中古レコードの一律200円コーナーにけっこう懐かしいものがサクサク見つかるので気をよくして収集を始めたのである。
またこのネタは他所にふるつもりなので、これはここで止めておこう。
【2000/1/3】
Y2K 対応で、休みの会社にはせ参じて、空調だの、エレベータだのの動作確認して、問題なし。
社長サンに呼ばれて、お屠蘇だの、お酒だのを呼ばれて、良い気分で昼過ぎ帰途につく。
買い物もしたかったので町中へ出ると、けっこうの人出である。
(それでも御池ゼストはやはり人影はまばら。
そのうちゴーストタウンになることは確実だ)まずは、河原町のムツミ堂でMDを買った。
ミレニアム記念ちゅうことで、74分20枚2.000円だったので60枚買った。
これで一年間大丈夫。
と、いきなり荷物が重くなった。
その後、ムツミ堂のレンタルのとこで中古CDを2枚、新居動く(誤変換)もとい新京極キクヤ蓄音機でまた2枚、新京極ビーバーで6枚、買い求めた。
どれもこれも700円から500円くらいのものばかり・・また重くなった。
あと、河原町ビブレのバーゲンでセーター二着、トレーナー二着、ニット帽子と手袋を買うと、福井の行商のおばちゃんのようにズシリとした荷物になった。
ヤワな僕はへこたれてしまって、買い物の予定半ばで引き上げてしまったのだが、買い物の食品を携えてどこまでゆくご婦人の方々の体力にはいつも頭が下がる。
バーゲンはよさげなものがあったのでまたゆくだよ。
【2000/1/2】
オトコノコの部位の何処が好きか?と尋ねると結構手フェチの女が多いのに君は気づくだろう。
つい先日とある席での隣の女性に問いかけると彼女もそうだった。
手先が妙に魅力的な男性・・はて、思いつかない。
オトコ同士で「おまえの手は色っぽいなぁ」などと評しあっている風景もまずお目にかかれない。
性的な魅力を発揮しているオトコの手とははて何だろう。
自分の手をまじまじと見てみると、気づくのは希薄な結婚線(笑)と、ギタリストの勲章、ギターだこくらいである。
四の五のいうな、このギターだこでいわしたる、と・・??はいいまへんが。
そうそう、僕自身は姿勢が悪いので姿勢の良いオンナノコには憧れます。
※ギターだことは、ギターの弦を押さえることによって出来るタコで、指先の部分が固くなるのです。
最近は怠けてばかり居るので僕のものは結構柔らかいのです。
反省。
【2000/1/1】
最近私のPHSにPメールが飛び込んで困っている。
以下全文掲載。
「PメールカTELトモニナラナイ?オトコヤ!」大きなお世話であるが、この発信元のオトコと何故「PメールカTELトモ」にならなければならないのか~?私たちの間に一体何の共通の話題があるというのだ!今日白菜の漬け物が安かったとか、お餅は冷凍しておくと黴びないぜ、とかいう話でもしろ、というのか。
否、今日はカラオケでゆずの唄でも歌って盛り上がったとか(注・大江さんは「ゆず」が嫌い)。
はたまた、コンビニのカルビ丼がうまかったとか(注・大江さんはコンビニの弁当が嫌い)この「オトコヤ!」という部分的雄叫びが、なんとも背筋を寒くするのである。
今年は良い年になりそうだ・・。