子どもを産む機械

子どもを産む機械、とは話題のキーワード
僕は敢えて批判はしないのだけど、
それえカチンと来ている人、
もののはずみでものを言ってしまったとしている人、
あえてその温度差がなんたるものなのかをちょっと自分なりに分析したい

きっとその差は、腫瘍を触ってしまった痛みがあるんだろうな
機械にも、そりゃいろいろあるだろうけど、
マシンのロジックごときでは、なんともならないものと、
思い知った人たちには、思いもつかない無神経な言葉なんだろうな

色んな価値観には、色んな表現方法がある
でも政治の要職についた時から、それは殺して、みんなの傘にならなければならないと
言う事だよ
政治の要職につくということは、政策がどうとかは別として、
まずは、そういうことなんだよなぁ。

子供たちに、いま、命の大切さを教えたい、という私たちの願い
まったく別の方向に歩いているとしか思われない
もし、それがなにかのボタンの掛け違いであるとしたら、
それに勝る働きをしてもらわないと、割が合わないと思う訳です。
政治家のセンセ方、僕らをぎゃふんと言わせてほしいわけ。
僕らもきっと、ぎゃふんといってもらうまで戦うつもりだからね
よろしっく、と。


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