昨晩仕事で清水寺へ行った
11日からライトアップで
ひと月の間、夜間拝観があるのだ
でも紅葉はまだぜんぜんで
おまけにひどい雨の中
スーツの裾も濡れた
デジカメも持っていて
「ブログの写真など撮るぞー」と思いつつ
雨の勢いでままならず
疲れて、帰ってきた。
しょうがないのでうつむいた自分の目線でも、と
ごらんの写真
あけて、お休みだ。
用事が山積だ。
きょうは大工がやってきて、
家の補修せばならんとこを見てもらうつもり。
いまさらながら
ギターマガジン6月号
山岸潤史先生のファンクギターの
CDに目を奪われていて
気がつかなかった
ギターリストインタビュー
大西ユカリさんちで活躍中の
三好ひろあき氏が掲載されている
京都の音楽人には
それなりに知られている
サングラス着用で
なんやそれー、って感じ。
グラサンがなかったら
八方ちゃん、ってそれは言うたらいかんのやー。
愛器のP-90が乗ってる
激シブのテレキャスターの話も出ている
彼は、在京ギターリストの兄貴分
であると、私は勝手に思っている
私が、バンドらしいバンドを始めた頃、
マングースカンパニーたら
マスターショップたらいうバンドをやっていた
その後、
B#とか、シーガルズとか、ネーネーズとか。
時には、都はるみだったり。
どっちかというと、地域密着型
ギターマガジンにもちょっと縁がない感じだった
その頃から、スピーカーをJBLに交換した、
フェンダーのツインリバーブを愛用
インタビューにもその話が出ている
その三好さんが、ギタマガだ。
めでたひ。
今日まで気がつかなかった、申し訳ない。
ギタマガに載るのは、ちょっとした夢だな。
夢物語、だが。
でも、人生幸朗師匠だって、四十路からの芸能人生。
これを励みに。
やるじょぉ~、わしも。
靴を脱ぐとそうでもないけど
やっぱり脚の小指がちょっと疼く
それでも僕は
とろとろと帰ってくる
陽はとっくに落ちて
街灯がぽつり
寒さで、きゅっと締まってみえる
秋は良い感じ。
最近
淡々としている人ほど
実は
その中に閉じ込めたり、
押し殺したりする作業を
毎日せいいっぱい
こなしているんじゃないか
そう思う。
僕の周囲には
少し壊れたり、
以前に傷ついたり、
そういう人が多く居て、
類は友を呼ぶのか、
そうではなくて、
本当はそういう人の輪は
どこまででも続いているのか、
其れもよく分からない。
分からないんだけど、
世間の相場の
横暴な考え方をする人たちを見ていると、
別物で
どこか違うのだろうな、
と思ってしまうのだ。
脚の小指が少し痛いんだな
それでも地下鉄の入り口からちょっと逸れて
僕は四条通を歩いていた
お目当てのCDを見つけに
東洞院の角のビルは工事中で
十字屋は柳馬場に移動してた
静かなビルの2Fの廊下の突き当たりに
不似合いなあかるい売り場
前から気になっていた
ハナレグミと
植村花菜のCDを買い求めた
ハナレグミは、ずっと前から、
買おう買おうって思っていて、
高知へいったとき、浜田はしっかりチェックしていた
植村花菜は、イマドキ、アリガチ
でも、ちょっとつまさき一歩出ている感じ
声も、ルックスもええよ、おすすめ。
LOGICを触り始めました。
すんげえ早い言い方すれば、
ハードディスクレコーディングと、
ミディのシーケンスソフト足したみたいな。
暫く前にもう買っちゃってて
全然触るタイミングがなかったの。
最低限、使い方が分かったが
お楽しみは、これからっちゅうこって。
本田美奈子死す。
ご冥福をお祈りします。
先日の番組で、
快方に向かっているとのことでしたが
病は、人ごとではありませんね
きょうは、Crescent Eatersの練習で、
歌手の松原みきが
先月子宮がんで亡くなっていたらしいぜ
(※間違い 正しくは2004年死去
コメント参照)
なんて話をしていたのです。
何も残さないより
なにか残る人生。
そうありたいものですよね。
音楽も、ひとつの手段、手法かな。
昨日、
Seideのマイクと、
先日の「Rain Of Pain」が相次いで着きました。
音源は、プレイバックしてみて本当に驚き。
素晴らしい仕上がりです。
最近、命があるというお陰で
いろいろな発見のある毎日です。
昨日、職場で仕事をしていると
大奥さんが声をかけてきて
「大江さん、くちなし、持ってかえる?」
以前も、紅葉を分けてもらったりしている。
どうもずぼらな僕は、幾つかを枯らしてしまったりで、
申し訳ない。
その、くちなしは
庭の隅の方の朽ちた発泡スチロールの箱に陣取っていた
持ち上げようとすると、まるっきり動かない
見ると、小さなプラスチックの植木鉢から、
その発泡スチロールの底を突き破って
縦横無尽に土のほうへ根っこが張り付いている
結局、その箱を粉砕することとなった。
なんという生命力。
生命へのこだわり。
こいつに比べれば
なんてヨワッチイ自分だろう、と思った。
きっと、こんな根っこにぐるぐる巻きにされたら
とうにキュウキュウ言ってしまっているだろう。
「植えるときはね、この長い根っこを
丸めるようにして植えるのよ」
「はじめは水をたくさんやるようにしてね」
とアドバイスを貰う。
次の日、我が家で、
この間のナルシス君の横の
ごく狭い土の場所へ。
ナルシス君も、もうだいぶ、伸びてきた。
まぎれも無く、秋の、どまんなかだ。
こんなとき、何かしら、恋が、なくては・・。
うおー。
ザイドのマイクより一足お先についた品物。
ヤフオクで購入した
「クレッセント」吉田真里子。
探していたのよ、探していたの。
中古CDにゆくと必ずチェックしていました。
ミスマガジン出身の彼女は、
斉藤由貴、南野陽子、八木さおりのラインで、
デビウ曲「とまどい」は
武部聡志楽曲で
「どうみてもクローン斉藤由貴」
キャラで発進。
いまきくと、この曲を最後に死滅した
「間奏で語り」(伊藤つかさがよくやってましたな
そういうの)
「酸素吸入器つけたろかー!」
と間違えて絶叫しそうな
さういふ状態(?)でありました。
比較的ジミアイドルで、
限られた上得意様に愛されつつも、
インディーズに転向後、
ビョーク好きも頭角を表し
マニアックな世界にずぶずぶと進み、
ホムペのコラムが途絶えたと思いきや、
プツリと平凡に結婚。
アイドルの生涯に自然に終止符を打ったのでした。
「クレッセント」は
Bドル最後の金字塔、
斉藤由貴が御堂筋線なら、
吉田真里子は四つ橋線。
陰陽であらば、陰
阪急京都線であれば、大宮。
牛丼でいえばすき家。
無垢に、丁寧に磨かれた楽曲が、
宝石のように散らばっているのでありました。
当時、太子道にあったレンタルCDを
1991年のワタクシは
「是をむねとすへし」といひ
当時のカセットTDK-ADに納めなどしたのですが、
経年劣化もありまして、
いつか手に入れば良いのにと念じていたのでした。
ヤフオクでの価格は諸経費入れて1000円ほど。
ええ時代になったもん。
しかも状態ええし。
出品した人、ありがとね。
ザイドのマイク。
ヤマト運輸の荷物追跡によると、
つい先ほどの午前0時30分
京都の営業所に着いたらしい
今からでも届けてええでー。
ま、録音機材が、
KORGのD4だけじゃね・・。
中村から帰るその日、
駅での待ち時間に待合室で
コンビニで買ったべちょべちょの
豚まんをむさぼっていたところ
写真の彼は現れました。
ひとつ向こうの席で
オサーンが同じように焼きそば弁当
らしきものを食していたのに
そちらにはいっさい関心ナシ
肉のにおいが気に入ったのでしょうか。
何もくれてやるつもりは無かったのですが
私の膝に脚をついたり
鼻をツンツンしたり
さんざんアプローチを繰り返し
観念した私から
ついにはその最後の一口を
おなかに収めて満足そうに
足取り軽く何処かへ彼は消えて行ったのでした。
手許に白く映っているのは豚まんの包みです
ヴォイトレの練習んときに
スケール練習をよくやるのですが
「家でもすへし」と
なんとか、家で鍵盤が鳴らせるように
と考えたのです。
10年前、当時の私は
まだ68KのLC630で
デモテープなど作っていたのですが、
そのときのMIDI音源
ローランドのSC88がまだございまして
そいつをピアノ代わりに使おうと
倉庫からごそごそ出してきたのです
スタンドなどはありませんので
とりあえずアイロン台に置きました(写真)
MIDIのケーブルがどうしても見当たらなかったので
会社の昼休み自転車を借りて
ワタナベ楽器で手に入れてきました
さっそく接続してみたのですが、
10年触らずに居たので
音色の選択がもう分からなくなっている
ハモンドらしき音色が出るが、
音色をかえてもそいつにミックスして出る
バキューン!とか、
シンドラのピュンピュン!とか
お~い
ピアノだけ鳴ってくれたらええねん・・(汗)
その後も、バグパイプの音色やら、
へりこぷたあの飛ぶ音やら、
怪しげな音色を発しつつ、
おうたのレッスンはままならぬまま
ますます夜は更けてゆくのでした。
おしまい。